くん、くん、くん。

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くん、くん、くん。

 僕が子供の頃に飼っていた犬、コロッケの話をしようと思う。  なんでコロッケなんて名前なのかというと、色がなんだかコロッケみたいだから、らしい。柴犬を見てコロッケを思い浮かべるなんて、どれだけうちの母はお腹がすいていたのだろうか。まあ、食パンと言われたらまだわからなくもないのだが。  コロッケは僕よりも年上で、最終的には十八歳まで生きた。彼は老犬になってからも元気で、いつも庭を元気に走り回っていた記憶しかない。彼のくるんとしたしっぽは二重巻きになっていて、僕はよくそのしっぽの隙間に指をつっこんで遊んでいた。年上の余裕なのか、僕が小さくて弱い子供だとわかっていたからなのか、彼が僕がしっぽを触ってもまったく怒らない心の広い犬だったのだった。  僕の家には、母と僕しかいない。  いわゆるシングルマザーというやつだった。僕が物心つく前にお父さんは出ていってしまったという。僕が二歳の頃だったそうなので、顔を覚えていないのも道理だ。よほどひどい別れ方をしたのか、家にはお父さんの写真はない。でもきっと、人間が大好きなコロッケは寂しがったことだろう。彼はその、お父さんがいた頃に飼い始めた犬だったそうだから。 「お母さん!僕、コロッケの散歩一人で行く!」  小学生に入る頃にもなると、僕はお母さんにそうオネダリするようになった。  小学校一年生の子供が一人で犬の散歩に行く。それに関してはきっと賛否両論あることだろう。  一つ言い訳させてもらうなら、僕が当時住んでいた家は結構な田舎町だったと言っておく。そして、いつもの散歩コースというのは人もたまにしか通らないような、河川敷とか田んぼのあぜ道が主だった。そうそう事故に遭うこともないし、不審者が出たなんて話も聞いたことがないし、なんなら子供だけで遊んでいることも珍しくないような場所だったのである。  お母さんは少し心配そうだったが、コロッケが“大丈夫だよ!”というように笑顔で吠えたのでOKしたらしい。僕が信用されたわけじゃなく、コロッケが信頼されたというのがなんとも複雑な話である。実際、彼はよくできた犬だった。多分、喋れないだけで人間の言葉のほとんどは理解できていたのでは?と思う。まあ“可愛い”というと自分のことだと思い込んでシッポ振りながら寄ってくるあたりはかなりちゃっかりしているが。  そんなわけで、僕は小学校一年生の夏から、夕方の時間に一人でコロッケの散歩に行くことになったのだった。  この話はそこから始まっている。
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