42:ぬくもり

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「私は旦那様に沢山のものを……、『家族』の温もりをいただきました。だから、せめて、あそこで足手まといにはなりたくなかったのです。だけど、それなのに、旦那様は私を助けました。私を……、助けてしまわれた……」  何故だろう。  睡蓮の瞳から、涙が一筋、白い頬を伝った。  それをきっかけに、双眸から涙があふれ出し、次から次へと流れ落ちていく。  そのときだった。 「…………っ」  不意に龍進が立ち上がり、睡蓮の身体を抱き寄せた。  睡蓮の手から、消毒用のピンセットがこぼれ落ちる。  どこか優しさを感じさせる煙草のにおいが、鼻孔をくすぐった。  睡蓮の瞳が大きく見開かれる。 「……すまない」  喉の奥から絞り出したような、小さなかすれた声が聞こえた。  彼の表情は見えない。 「ただ、君を……、失いたくないと思ってしまった」  背中に回された大きな手に、ぐっと力が込められる。 「僕も……、はじめて手に入れた、家族を失いたくなかった……」  彼のぬくもりを、感じる。 「軍人としても……、大君の間諜としても、失格だ……」  ただ抱き寄せられるままだった睡蓮が、ゆっくりと、己の手を龍進の背中に回していく。  小さな手を通じて、龍進の大きな背中を感じる。  そして、彼の呟いた言葉を、頭の中で繰り返す。  ――君を失いたくなかった。  ――家族を失いたくなかった。  その言葉が自分の身体の中に染み入って来るように思える。  一方で、睡蓮は、ずっと願っていた。  自分はいつか消えてしまいたい、と。  なら、今も自分は、そのように思っているのだろうか。  ……わからない。  わからないけど、龍進が自分を抱きしめる手の力がさらに強くなるのにあわせて、彼女の手にもまた力が入れられる。  そのときだった。  部屋の扉が軽くノックされた。
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