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 四月。俺は軽音部の部室前で入部希望者の列を捌いていた。再び拡散されたライブ映像のせいか、俺に憧れて軽音部に入りたいという新入生が後を絶たないのだ。  嬉しさより困惑と恥ずかしさが勝る……うそ。やっぱり嬉しい。  追いコンライブ開始直後、そいつはフラッと俺の喉に帰って来た。  琴音の視線を意識した途端、頭が真っ白になって身体の芯から震えるような感覚に襲われた。これまでの人生でも何度も経験した現象。  それこそが1/fゆらぎのカラクリだった。  なぜクリスマスライブの時は声がゆらがなかったのか。  単純な話だ。文化祭の時は琴音が見ていることを知っていたけれど、クリスマスライブの時は知らなかったから。  要するに1/fゆらぎの正体とは、恋心の発露なのだ。美空ひばりさんや宇多田ヒカルさんがどうかは分からないけれど、少なくとも俺の場合はそうだった。  好きな人の前でカッコつけたいという見栄が生む、制御不能な喉の震え。臆病な恋を知らせるピンク色のノイズ。  隣に立つための資格なんかじゃなかった。  新入生の列を捌き始めて十数分。列の後ろの方に、見覚えのある茶色のボブヘアを見つけた。  まさか。 「三年二組、四宮琴音。入部希望でーす」  そのまさかだった。呆気に取られている俺に、琴音は照れくさそうに人差し指同士をつんつんしながら言った。 「響のライブ観てさ、新しい目標見つけちゃった。ギターの練習頑張るから、私も響と一緒に、ステージ立ちたい……」 「へぁっ」  変な声が漏れた。顔に血液がぶわっと集まる。  もじもじと琴音の方を窺うと、好きなことにキラキラと目を輝かせる俺の大好きな笑顔があった。  良かった。熱に浮かされた顔を手で扇ぎながら、へへっとつい笑みがこぼれる。 「あのー、良い雰囲気のところ悪いんですけどー」  不貞腐れたような声に横を見ると、やはり不貞腐れた顔の陸が立っていた。 「響のバンドのギターは俺なんですけど? やるならベースかドラムにしてくんない? そっちは助っ人で回してて固定メンバーいないから」 「えー、やだ! ギターがいい! だって一番カッコいいし」 「カッコ……! いや、そのセンスは認めるけど、ダメだダメ! ベースにしとけって! 女性ベーシストってなんかグッとくるから! な、響」 「そうなの? ねぇ響! 響はギターとベース、どっちの方がその、イイと思う?」 「え? うーんと、そうだなぁ」  陸がギターで琴音がベース。ドラムはまだ決まってないけど、でも、そんなメンバーでステージに立てたとしたら。  ライブ中ずっと琴音の存在を近くに感じられたら。  校舎の窓から柔らかな春風が吹き込む。これから始まる落ち着かない日々の予感に、期待が喉奥で小さく震えた。
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