01

1/1
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

01

小学生の市山(いちやま)ヒロエは今夜、同級生の家に泊まりに行く。 相手はルナティー·ムーンライトという女の子で、彼女が住んでいる町にある山の中に建てられた屋敷だ。 ルナティーはその名からわかる通り、日本人ではない。 彼女はヨーロッパとアジア、さらには中東が隣接している国から来たという留学生だ。 ヒロエはルナティーが転校してきてから、ずっと彼女と仲良くなりたかった。 彼女はルナティーのその美しい金髪碧眼の容姿に目を奪われ、同性ながらもときめいてしまったのだ。 そしてヒロエは勇気を振り絞り、学校へ来てもいつも寝ているルナティーを起こして、友だちになろうと声をかけた。 最初こそ面倒くさそうにしていたルナティーだったが、ヒロエがつきまとってくるのでついには折れて、今では互いの家に寝泊まりする関係にまでなっている。 そして先に述べた通り、今夜はヒロエがルナティーの屋敷に泊まる番だ。 彼女はお泊まりグッズの入ったリュックサックを背負い、ルナティーの屋敷の前で足を止める。 「ルナティーちゃん! あたしだよ、ヒロエだよ!」 高い塀に囲まれた洋館を思わせる大きな屋敷。 今ではヒロエもすっかり見慣れたものだが、初めて見たときは外国のお城みたいだと驚いたものだ。 ヒロエが声をかけてから数秒後、扉が開いて屋敷から出てきたのは、背の高い女性だった。 腰まで長いブラウンヘアに黒い瞳、さらには白いマスクをつけた二メートルはあろうかという長身の女性だ。 「こんにちは、フランシェリさん。ルナティーちゃんはいますか?」 「こんにちは、ヒロエさま。はい、ルナティーお嬢さまは部屋でお待ちになってますよ」 ヒロエはフランシェリとはもう顔馴染みで、彼女は町でも有名人だ。 日本の商店街に、二メートルはあろう手足の長いモデルのような女性が現れれば、当然、覚えられるのも早い。 フランシェリは感染症の対策なのか、いつも白いマスクをしている。 そのせいもあって彼女の素顔を見た者はいないが、声の透明感や上品な仕草などから絶対に美人だと噂されている。 ちなみにヒロエもまた、フランシュリと初めて会ったときからずっとそう思っていた。 マスク上からでもわかる優しい笑み、こんな丁寧でスタイルの良い人が綺麗じゃなければおかしいと。 「じゃあ、おじゃまします。おーい、ルナティーちゃん! まっててね、すぐにいくから!」 ヒロエはフランシュリに挨拶を終えると、足早に屋敷の中へと入っていく。 以前は足を踏み入れることに緊張していたが、今ではもう慣れたものだ。 まるで我が家にいるときのように遠慮なく、ヒロエはルナティーのいる客間へと向かった。 中へ入ると、そこには向かい合わせに置いてある大きなソファーがあった。 壁には高そうな絵が飾られ、今は昼間なので消えているが、天井にはこれまた高級感のあるシャンデリアがついている。 「来たのね、ヒロエ」 そのソファーにはルナティーがいた。 彼女は(だる)そうに体を起こし、部屋に入ってきたヒロエのほうを向く。 その様子からするに、さっきまで寝ていたようにヒロエには見えた。 「もしかしてねてたの? ルナティーちゃんはいつもねむいんだね。学校でもねて、お屋敷でもねてるんだから」 「いいじゃないの、そんなこと。ヒロエの前では起きてるんだから」 それもそうかと、ヒロエはリュックサックを下ろして、中に入っていたお泊まりグッズに手を伸ばした。 彼女が笑みを浮かべて出そうとしている姿からして、これから出そうとしているものが、お泊まりのために持ってきたものだと推測できる。 「ジャジャーン! 見てよ、ルナティーちゃん! 今日はこの日のためにメイクボックスを持ってきたよ!」 ヒロエが持ってきたのは小学生用のキッズコスメだ。 近年ではキッズ専用のコスメブランドが登場するほどの人気ぶりで、アイシャドウにリップ、そしてネイルまでと、そのアイテムのバリエーションはとても豊富だ。 以前から自分用の化粧品を欲しがっていたヒロエは、つい最近ようやく両親にメイクボックスを買ってもらった。 とはいっても、ヒロエは自分の顔をメイクして父や母に見せたりはしなかった。 彼女は鏡の前に立ち、自分の顔の半分だけをメイクしていて、なにやらいろいろ試しているといった感じだった。 不可解に思った両親は何をしているのかをヒロエに訊ねると、彼女は言った。 「あたしね! 大きくなったら人をキレイにする仕事につくの! そのために今からがんばってるんだ!」 ヒロエは、将来メイクアップアーティストを目指していた。 彼女は自分を着飾ることにはそれほど関心がなく、自分が手を加えて他人が綺麗になっていくことに快感を覚えたようだった。 その練習台は、大体ヒロエの両親だ。 最初は飼い猫であるリップに化粧をしようとしていた娘を止め、自分たちが犠牲になることを選んだのだ。 そのおかげもあって、今では多少見られるくらいには腕が上がってる(まあ、もちろん小学生にしてはだが)。 「さあ、早速メイクアップしていきましょう! ルナティーちゃんは今日はどんな気分かな~?」 「いや、アタシは別にそういうのしなくていいんだけど……というか、だれのマネをしているのよ……」 「ウフフ。ルナティーちゃんはお肌が白くてキレイだから、きっともっとキレイなるよ~」 「いや、だから人の話を聞きなさいって……。うん? なんでお泊まりグッズに(なわ)なんて持ってきてるのよ!? えッヤダちょっと……や、やめなさい、ヒロエ!」 そして今回の犠牲者は、もちろんルナティーだった。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!