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「もうすぐ死体になるとは、どういう意味ですか?」
「私の体はあちこちが腐っています」
「腐っている?」
ミチルは、腕の包帯を解いて患部を見せた。
本人の言う通り、肌は黒ずんで破れ、中の肉がグジグジとただれている。確かに腐っていると言えるだろう。相当深刻な状態だ。
こんな肌を見たことのなかったヨシタカは、言葉が出ないほど大きなショックを受けた。
「醜いでしょ?」
ミチルは、辛そうな顔で包帯を巻きなおして患部を隠した。
「この腐敗がどんどん全身に広がっていけば、嫌でも死ぬ。そういうことです」
それは、約束された死とも言える。自分の身に起きていると認めたくなくて、未来を信じたくなくて、心理的な距離を置いてしまっているゆえに、そのような物言いとなったのだろう。
「右目と右脚も同じ状態?」
右目は包帯で見えず、右脚はスカートの下に包帯が見えている。
「右目はほとんど見えない。右脚も太ももから下に向かって症状が広がっている。今のところ右半身だけだけど、左まで腐るのも時間の問題でしょう」
「何かの感染症?」
「感染症じゃない。原因不明」
「医者には聞いてみた?」
「一度だけ皮膚科で診察を受けたけど、同様の症例がなくて、原因が分からないと言われて終わり。お金と時間の無駄だった」
「皮膚科以外には?」
ミチルは、首を振った。
「無駄だから行っていない」
「失礼ですけど、お年はいくつですか?」
「16」
「16⁉ 高校生?」
「はい」
濃いめの化粧でバーに堂々と入ってきたことから、実年齢より上に見えていた。
言われてみれば、顔に幼さが隠れている。
成年なら適当に占ってお茶を濁して終わるのだが、未成年となると、放っておけない気がした。
それは、自分が高校から一人で生きてきて、とても辛かったからだ。
「両親は?」
「うちは母子家庭で、心配かけたくないので話してない」
「そうですか……」
親から医療費を貰えばよいと思うのだが、心配を掛けたくないという気持ちもよく分かる。
ヨシタカも、大事なことほど大人たちに相談しないで一人で決めてきた。それによって、我儘だとか自分勝手だとか言われてきた。
親がいるだけマシなのだろうが、手を差し伸べてあげたい気持ちが生じてくる。
「それで、私に占って欲しいのは、その原因ってことですね?」
「そうです。お願いします。お酒一杯で占ってくれるんですよね?」
ミチルは、キャラクターがデザインされた可愛いらしいがま口をバッグから取り出して口を開けた。その姿は、彼女がまだ子供であると思うに充分だった。
「ここに未成年が飲めるお酒はありません」
「お酒なら飲み慣れています!」
「未成年が飲酒はいけません」
至極真っ当な意見をヨシタカは口にしたが、それに対して、ミチルは、「ハー」と、大きなため息を吐いた。
「間もなく死ぬ体だというのに、法律を気にする必要なんてある?」
「気持ちは分かりますが、未成年にお酒を飲ませたら店が処罰されるので。申し訳ない」
「でも、ドリンク一杯で占うんですよね。誰にも言いません。お願いします!」
彼女が強引で諦めの悪いことは初めから分かっていた。
「……そこまで言うなら分かりました」
「ありがとう! あ、でも、何を頼んだらいいのか分からないです。バーに来たのは初めてで」
「では、私に任せて貰っていいですか?」
「お願いします」
ヨシタカは、オレンジジュース、レモンジュース、パイナップルジュースをシェーカーに入れると、軽く振ってカクテルグラスに注いだ。
「シンデレラです」
小さな三角のカクテルグラスがキラキラしてとてもお洒落だ。
「綺麗! でも、高そう。これ、おいくらですか?」
「サービスです。お代は気にしないでください」
「いいんですか?」
「はい。さ、遠慮なくどうぞお飲みください」
ミチルは、シンデレラを一口飲んだ。
「サッパリして美味しい。アルコールが入っているとは思えない飲みやすさ。……もしかして、ただのジュース?」
「はい、ノンアルコールです。シンデレラのカクテル言葉は、『夢見る少女』といって、お酒を飲めなくてもバーの雰囲気を味わいたい方向けです。あなたにピッタリでしょう?」
「何だあ。うん。確かにこれなら、アルコールがダメな人でもバーの雰囲気を味わえるわね」
ミチルは、無邪気に笑った。
気分がほぐれたところで、霊視を始める。
「では始めましょうか」
「はい」
ミチルは、真面目な顔つきになった。
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