第12話

1/3
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ

第12話

「ねぇ、2人は選択修習…何処にするの?」 「検察。」 「ですよねー…」  ーーある日の司法研修所。  自分の問いになんの迷いもなく答えた仲間2人に、真嗣は苦笑いを浮かべる。 「て言うか、来い来いしつこいねん。毎日酒宴呼び出されて酒漬け…こちとらまだ修習生やぞ?遊ばせてくれ。」 「同感だな。特に俺は、子供2人いるんだ。早く帰らせて欲しい…」 「ああ。洋子ちゃんと長子ちゃん?可愛いよねー。ね、写真見せてよ。」 「ん。」  そう言って、折りたたみ携帯を開いて待ち受けを見せる賢太郎。  写真の中で、幼い娘2人と妻抄子と笑う姿に、真嗣は穏やかな、藤次は渋い顔をする。 「すっかりお父さんの顔だねー。楢山君。羨ましいな。僕も早く結婚したい。」 「ワシはごめんやな。折角勉強漬けの日々から解放されたんや。1人の女に縛られとうない。自由に生きたいわ。」 「そう言ってる人間が、案外ケロッと結婚したりするんだよ。あの子どうしたのさ。若山さん。藤次結構ハマってたじゃん。」  その問いに、藤次はゼリー飲料の口を開けて中身を呷りながらポツリと溢す。 「フラれた。棗君、他にも付き合ってる娘いるんでしょ?やて。二股やったの、最初から知っとったみたいや。ま、まだ八津子と清美がおるさかい、それなりに楽しいから、ええけど。」 「それ…二股じゃなくて、三股じゃない。」 「本当に、どうしょうもない好き者だなお前。ほどほどにしとかないと、その内病気うつされるか刺されるぞ?」 「心配おおきに。その辺は抜かりなしや。毎回自前のゴムしとるし、女には上手く言いくるめてピル飲ませてるし、間違うても子供(ガキ)なんて作らせへん。別れる時も、それなりに金握らせて後腐れなくしとるさかい、大丈夫や。」 「清々しいまでに胸糞悪いクズだな。」 「なんやと?!」 「まあまあ…」  段々雲行きが怪しくなってきたので仲裁に入ると、賢太郎が自分の方を見やる。 「話戻すが、お前は選択修習どうするんだ?谷原。」 「えっ?」 「せや。確かお前も、検察での修習の時、声掛けられたて言うてたやん。」 「あー…まあ、ね。2人には言って無かったけど、僕も何回か酒宴に呼ばれて、誘われてるんだ。検察官…」 「へぇ。民裁でも感触良かったんやろ?引く手数多やん。こら全員、安定の公務員かのぅ…」 「うん…そうなんだけど…」 「けど…なんだ?」  問う賢太郎に、真嗣は恥ずかしそうに口を開く。 「僕…選択修習、弁護士にしようと思うんだ。」 「えっ?」 「へっ?」  瞬く2人に、真嗣は頭を掻く。 「横浜…地元の大手ファームに修習行ったら、来いって言われて、選択修習も就職も、そこにするつもり。」 「横浜の大手言うたら、鍵山法律事務所か?ワシと行った。」 「うんそう。そこのパートナーの矢島嘉代子弁護士に気に入られちゃってさ。見込みあるからボスに話しといてやるって言われて、冗談半分で聞いてたら、話通っちゃって…」 「矢島て…あの、ワシのこと仕事の出来んアホやてけちょんけちょんにコケにしよったババアか!?」 「失礼だよ藤次。大体、まだ30代だって言ってたよ。すごくない?その若さであんな大手のパートナーなんて…尊敬するよ。それに…」 「それに?」  問う賢太郎に、真嗣ははにかむ。 「2人とこうして、いつまでも机並べて同じ方向見ていたかったけど、僕やっぱり、人を裁くより、人を助ける仕事に就きたいんだ。まあ、2人には負けるくらい頼りないし、救える数もたかが知れてるかもしれない。けど…」  ーー『けど』  その後、アイツはなんて言うたっけ。  記憶が間違いやなかったら、アイツは暫く黙り込んだあと、法廷で会ったら手加減してと、戯けてたはず…  アイツは…真嗣は、ワシみたいな根性ババ色な人間とは違い、性根の優しい優しい男やから、正直…人の欲や醜さが露骨に見える法曹界には、不釣り合いやと思ってた。  せやけど、弁護士になって初めて1人で任された言う嘱託殺人の案件を傍聴に行ったけど、毅然とした態度で、被告人の心情に寄り添い、尚且つ、罪に対する被害者への謝罪の気持ちを誠実に代弁する、きめの細かくしっかり筋の通った弁論やった。  ーーそして、もう一人。  いっつも顔を突き合わせては喧嘩したけど、ワシのことを誰よりも分かってくれてた男…楢山。  冷静沈着で、いつも粛々と職務を全うするから、周りからは冷血漢言われてたけど、ワシは知っとる。  コイツも、ホンマは誰よりも情に厚く、そして…真嗣と同じくらい…秋霜烈日の苛烈な検察官には不似合いな、優しく脆い男なんや。    ーーそんなお前らやから、もしワシが裁かれる側の人間になったら、どんなに嫌な顔されても、頼みたいて、思ってん。  ーー真嗣、楢山。  迷惑だと怒るかもしれへんけど、ワシはお前らになら、絞首台送りにされても、構わへん。  そこに至るまで、きっときっと、真剣に取り組んでくれるやろから。  きっときっと、ワシの思いを、願いを、全部汲んでくれるやろから。  必ず、頼むな。  ワシが誰よりも、何よりも信頼している、  同期の…桜よーー  
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!