第3章 出生

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第3章 出生

“ベリル”  暗闇の中、女の人の声が木霊する。考えるまでも無い。これは母の声だ。 “ベリル、帰ってきて”  エメラルド城の塔に幽閉された挙げ句、他者に誘拐されてしまっては帰るに帰れないだろう。そもそも、母は私が屋敷へ帰る事を望んでいるのだろうか。  思いを廻らせた末、「ごめんね」と答えようとした時。  蜜蜂の羽音を大きくしたような、聞いた事も無い鋭い轟音が響く。目をぱっちりと開け、布団も引き剥がしてベッドから飛び起きていた。 「何!? 何が起きたの!?」  バタバタと狭く薄暗い部屋を走り回り、音の出所を探す。何度か往復した後、ふと気付いた。ドアの傍から聞こえる。見上げるとドアの片隅に小指の先程の小さなスピーカーらしき物が付いていた。音は此処から鳴っているようだ。  部屋の外で何かあったのだろうか。恐る恐るドアを開けると光が溢れ、現実を思い知らされる人物の顔が視界に映った。 「おはよう、ベリルさん」 「もう朝なの?」  小首を傾げる私に、ヒースは「あはは」と笑う。 「そうだよ。こんな森の中じゃー、朝日なんか差さないし」 「そっか……。おはよう、ヒースさん」  後ろを顧みる。丸窓の外は立ち並ぶ樹の幹が暗がりの中にぼんやりと映るばかりだ。  やはり、此処は飛空艇の中なのか。肩を落として息を吐き出してしまったせいだろうか。ヒースに苦笑いされてしまった。  しかし、どうやらそれは私の思い違いだったらしい。 「昨日から言おうって思ってたんだけど、おれに『さん』付けしなくて良いから。トラディアーに『さん』付けされるのって変な感じ」 「えっ? どういう意味?」 「別に深い意味は無いよ」  顔を上げてみると、言葉とは裏腹にヒースは何だか焦っているように見える。胸の辺りで手を横に振ってもいるし。ただの気のせいなのかもしれないけれど。  話題を変えるようにして、ヒースは「それより」と言葉を繋ぐ。 「誰か確認もしないでドア開けちゃって良いの? 襲われるかもしれないのに」 「だって、急にビーって音するんだもん! 何かあったのかなって慌てちゃって」  ヒースは何かを思い出したように「あーっ!」と声を上げ、右の拳を左の手のひらに叩き合わせる。 「エメラルド人じゃー無理も無いか。ブザーだよ、ブザー」 「ブザー?」 「そう、エメラルドで言う呼鈴ってとこ」  言われて納得した。ヒースは私に用事があったから、ブザーという物を鳴らしたのだ。  それなら、用事とは何なのだろう。小首を傾げると、ヒースが小さく笑う。 「朝食の準備出来たから、着替えたら会議室に来てね。セシリアにはもう伝えてあるから」  では、朝食はアンバーも合わせて四人で食べなくてはいけないのか。昨日知り合った人たちばかりだから緊張してしまう。それに、話題は──  そこまで考えた時、ヒースは「じゃあ、また」と言ってドアを閉めてしまった。たった一人残される。  うじうじ考えていても仕方が無い。成るようにしか成らないのだから。  気持ちを切り替えて、クローゼットへと急ぐ。両手を広げた程のそれを開けると、中にはエメラルドで見慣れた服ばかりがびっしりと掛けられていた。裾の長いドレス、膝丈のドレス、ワンピース──緑色や着緑色など、同系色ばかりだ。それに白色のハイヒールもある。ヒースとアンバーがエメラルドで新調したのだろうか。  着慣れた裾の長い緑色のドレスに袖を通してみる。不思議とサイズはぴったりだ。ハイヒールも違和感は無い。  結っていた髪を解いて櫛を通し、再びリボンで結ぶ。ドレッサーに付いている鏡を覗いてみても、変ではないだろう。  深呼吸をしてドアノブに手を掛ける。一気に廊下へ飛び出して会議室の方を顧みた。丁度前方をセシリアが歩いている。思わず口を開いていた。 「セシリア!」 「あっ、ベリル様!」  くるぶし丈の淡いピンクのワンピースを着たセシリアは振り返ると、にこやかに笑って丁寧にお辞儀をする。 「一緒に行こう? 会議室に入るの、勇気いるし」 「はい」  頭を上げて頷くセシリアの元へ駆け寄り、横に並んだ。手を繋いだりはしていないけれど、居てくれるだけで心強い。  数十秒もかからずに会議室の扉の前に来てしまった。緊張感が心の奥から沸いてくる。生唾まで飲み込んでしまった。  そんな私に気を遣ってくれたのか、セシリアは一歩前に出ると扉に手を掛ける。 「ベリル様、開けますよ」 「うん」  返事を聞くとセシリアは真顔になり、扉を押し開けた。昨日も見た会議室の中が姿を見せる。  そう言えば、昨日はこの部屋の中をきちんと確認していなかったな。などと考えながら左右を確認みると、各三つずつ並んだ丸窓の外は、先程自室で見た風景と同じ物だった。太陽の光の代わりに五輪咲きの花の形をした笠の付いた電球が部屋を照らしている。壁や床、天井は自室や通路と同じく木目が剥き出しだ。  テーブルには食パンやハム、スクランブルエッグ、野菜サラダが大皿に盛られ、中央には取り皿が置かれている。オレンジ色の液体が入ったグラスとシルバーは四人分だ。左から二番目の奥の席にはアンバーがどっしりと構えている。腕を組んで意地悪そうに笑い、かなり偉そうだ。その更に左側──外側には笑顔のヒースが居る。
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