26:茶褐色

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「新しいパソコンにカスタムするって言ってたのは、その機能を追加するために?」 「そうだよ」 市川さんの含みを帯びた小さな返事を聞いて、真保さんを見た。 「もしかして真保さんもご存知で、わざと市川さんのパソコンを水没させたと言われたんですか?」 真保さんは深いため息をついて「正解よ。実は水没なんてさせてない。市川のパソコンをグレードアップさせる簡単な嘘。しかも、これまで使っていたパソコンはガチの重要情報が入っている。もしターゲットがパソコンに超詳しい人間だったら、本当の重要データが盗まれる危険性がある。だから新しいパソコンには、でたらめの情報しか入ってないの」 「そんな思惑があったなんて……」 市川さんは腕組みをし「それどころか、ウイルスを混入させてターゲットが持っていたデータを逆に吸い込んだよ」自慢気に笑む。 「データを取られようとして、逆に取るなんてできるんだ……」 呆然(ぼうぜん)としながら、笑みを浮かべたままの市川さんと目を合わせる。 「伊都ちゃん、言っておくけど誰にでもできることじゃないよ。趣味が役にたっただけ」 「趣味?」 「うん。まあ、正しくは趣味だったかな。俺、ハッカーをハッキングするのが好きだったんだ」 「ごめんなさい、いまいち意味がわからない。もう頭の中がぐちゃぐちゃになりそう……」 「……だよね。ターゲットのことはちょっと置いといて、少し俺の自慢話に付き合ってよ」 「えっ、情報漏洩してた人、気になるんだけど……うん、わかりやすくお願い」 「サンキュー。で、大手企業のシークレットデータを盗んだり壊したりする悪いやつがハッカー。重要機密情報だから、どこもがっちがちにセキリュティをしているけど、それを破るほどコンピューターに詳しい人間が悪さをする。それがハッカー」 「何となくわかる。ニュースなんかで耳にしたことあるから」 「そのハッカーたちは身分がバレないように、セキュリティかけたり、逆探知されないよう足跡を消すんだよ。俺は趣味……ゲーム感覚で小さな足跡を辿って犯人を割り出して、逆にハッカーのやつらのセキリュティを壊して遊んでた訳」 市川さんは私が思っていた数段上の技術を持っていたらしい。 コンピューターへの強さは書き方や武術のように何級や何段なんて数値化される訳じゃないから、力を計れるすべがない。 「凄い人だったんだね。日頃を見てるから思いもしなかった」 「伊都ちゃん、それ、俺に対して失礼だから」 そう言いながらも市川さんは無邪気に笑い「まあ、変な趣味だけどね。しかもその件で警察やら社内で色々とあって織田部長が拾ってくれたんだけど。当然、今はもうやってない」意地悪をする少年のような顔。 焦れていた歌舞伎くんは貧乏ゆすりをしながら「市川さん、もったいぶらないで話を戻して下さい。画像に映っていた人物は誰だったんですか?」苛立ちを抑えきれない様子だった。 「ごめん、カリカリしないでくれよ。後は大事な話だからボスに交代。織田部長、続き、宜しくお願いします」 織田さんの顔を見ると、氷より冷たい瞳をしている。触れれば凍傷しそうな雰囲気だった。
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