リドルは駆ける

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 ***  この当時。人々の移動手段は馬車か徒歩が基本だった。しかし、軍事力だけは大幅に偏って発展し、戦艦や戦闘機、爆弾や銃といった人を殺す兵器ばかりが進歩していったのである。  北の国は国民たちを酷使して、どんどん強力な兵器をつくり、西の国に爆弾を落として罪なき人々を殺していく。恐ろしいニュースは毎日のように、王子の耳にも入って震えあがったのだった。リドルはきっと、戦争の道具にされてしまうのだと。  しかし意外なことに。北の国がそれ以上優勢になることはなかったのである。  むしろ、不思議なことにリドルを買い取ってから北の国は大きな失敗を繰り返し、どんどん劣勢に立たされていった。そして、最初は押されていた西の国が息を吹き返し、見事自分達の土地から北の国の軍隊を追い出すことに成功。  最終的には、事実上西の国の勝利という形で、戦争が終結することになるのである。  疲弊し、内部分裂を起こした北の国は。逆に西の国と、支援国たちに占領されることになったのだった。同時に、王族貴族たちばかりが贅沢をし、民が極貧に喘いでいる恐ろしい状況も浮き彫りになることになったのである。  当時軍部の中枢にいた男の一人が、こう証言したという。 『うちの王様は、予知能力が使える犬とやらの力で戦争を有利に運ぼうとしたみたいだ。しかし、犬の予知とやらはちっとも当たらねえ。そればかりか、犬が予知した通りにしたせいで、うちの国はぼろくそに負けることになった。お后様が怒って犬を牢屋に閉じ込めて鞭打ちしたそうだ。……城が燃えた時のどさくさにまぎれて、犬も逃げちまったみたいだけどな』  リドルは、やはり酷い目に遭っていた。  戦争が終わった時、王子は十一歳。リドルは生きていれば五歳になっているはず。果たして今、どこにいるのだろう。遠い北の国で、まだ生きているのだろうか。  荒廃した北の土地を中心に、軍隊を自ら率いてリドルを探し回る王子。 ――やっぱり、もう二度と会えないの?リドルはどこか、独りぼっちで死んでしまったの?  何日、何週間、何か月。探しても探してもそれ以上の痕跡が見つからない。  諦めかけていた、ある日のことだった。城の庭が、不自然なほど泥で汚れていることに気付いたのである。そこに、茶色の毛玉が落ちていることも。  なんだろう、と僕は近づいてはっとしたのだった。それは毛玉ではない。よく見るとふさふさのシッポと、垂れた耳がついている。色は茶色だけれど、でも。 「……リドル?」 「!」  僕が呼ぶと、寝転がっていた毛玉は立ち上がったのだった。ああ、泥で毛が茶色に染まってしまっても、その可愛らしい黒い垂れ目は変わらない。 「わんっ!」  嬉しいと、風車のようにシッポをぐるぐる回して振ってしまう癖も。 「リドル!リドル、リドル、リドルー!!」  驚いたことに、彼は何百キロもの距離を一人で駆けてきたのだ。山を越え、川を越え、戦火さえも越えて。  すべてはもう一度、王子に会うために。 『いい子だ。犬は、とても賢い生き物だ。愛してやれば同じだけ愛を返してくれる。守ってやれば同じだけ守ってくれる。恩も仇も、この子はけして忘れない。リドルに愛してもらえるように、お前もいっぱいこの子を愛してやるんだぞ』  王様の言葉が、再び蘇ったのは言うまでもない。  クォールは、高級な服が汚れるのも厭わずにリドルを抱きしめたのだった。  これからすぐ、お風呂に入れてあげよう。ご飯を食べさせてあげよう。お医者さんにみせてあげよう。  それから今夜は、初めて会ったあの日と同じようにベッドで眠ろう。 「おかえり、リドル!もう二度と、離さないからな……!」  不思議な能力なんてなくてもいい。それでも、犬という存在に繊細な心があり、恩をけして忘れないというのは紛れもない真実だ。  だからあなたも、あなたの家族を世界で一番愛して欲しい。  愛し続ける限り、彼は、彼女は、永遠にあなたの最高のパートナーでありつづけるのだから。
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