第5章 なかま

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 大堀もまた顔色が悪かった。バツが悪いのだろう。きっと、昨日の早退を気にしているのだろうということは容易に想像できた。 「遅いぞ。大堀。仕事たまっている」  田口は、入りにくそうな大堀に声をかけてみる。こういう場合は、いつも通り接したほうがいいのではないかと思ったからだ。すると、安齋も大して気にも留めない様子で悪態をついた。 「本当だ。この役立たずが」 「な!」  安齋のいつもの態度に、大堀はむうむうと怒りながら自席に座る。 「なんだよ~。ちょっとは心配してくれてもいいじゃん。室長だけだよ。メールくれたの」  ——そうなのか。  保住は素知らぬふりをしていても、きちんと大堀のフォローをしていたらしい。 「残念でした。大堀くんの味方の室長は、今日はお休みです」  安齋の言葉に大堀は目を見開く。 「え?」 「昨日、おれの書類作成に付き合いすぎたんだ。仕方ない」 「安齋の?」 大堀に弱みを見せるのは嫌なのではないかと思うが、安齋は素直に説明を加えた。 「おれの企画書、副市長からダメ出しされたんだ。今日再提出予定」 「安齋の書類でもダメなの?」  大堀は逆にそこに引っかかったようだ。 「ダメだった」 「そっか……厳しいね。副市長のオッケーもらうのって」  喧嘩はするものの、安齋の能力は買っているようだ。二人が黙り込んでしまったのを見て、田口は気を取り直したかのように声を明るくした。 「書類に良し悪しはないだろう。好みの問題もある。安齋の書類が澤井さんの好みに合わなかっただけだ。安齋が悪いわけではない」 「そういうフォローは惨めだからやめてくれ」  安齋は怒ったつもりかも知れないが、大堀と田口は苦笑するばかりだ。 「馬鹿にして! 室長に言いつける」 「あらやだ。安齋、いつの間に室長頼みになっちゃった訳?」 「うるさい」  大堀は怒られても大してへこたれない。 「昨日サボった分、さっさと働け」 「しつこいな~。おれは自分の権利として休みを使っただけじゃない。いちいち言うなよ」 「こんな忙しいときに」 「忙しいのは安齋だけでしょ」  結局、二人そろうと喧嘩になるらしい。これでは兄弟みたいだ。一緒にいると喧嘩ばかり。でもいないと少し寂しいという。  ——なるほどな。この二人にとったら、この口論がコミュニケーションの一環だということらしい。  田口は妙に納得してしまった。  それから時間がないことに気が付いて、安齋から昨日の企画書を受け取った。さすがに彼だ。一から作り直しの指令が出ていたものの、保住に指摘されたところは澤井の好みに沿って直されている。  安齋の書類は簡素化してあって極端だ。だがそのおかげで説明が足りない部分があるようだ。スリムになりすぎているということだ。  ——初めて見た。安齋の企画書……。 「どうだ田口。遠慮なく言ってくれ。時間がない」  安齋は真面目な視線を田口に向けてきた。なんだか頼りにされるということが不慣れで、くすぐったい気持ちになった。 「あ、ああ。そうだな。いいと思う。ただ二点だけ、改善してもいいところがある」 「どこだ」  安齋は席を立って田口の隣の空いている席に座った。その間に内線が鳴った。 「安齋。天沼からだよ」  電話対応をしていた大堀が、安齋に受話器を渡した。早速、指令が下されるらしい。 「おはよう。昨日は悪いな。今日も面倒をかける。……そうか、わかった。ではその時間に田口と行く。え? 室長は休みだ。体調不良だ」  安齋は電話を切り、田口に内容を伝えた。 「十一時半に副市長室に来いとのお達しだ。お前と行くと伝えた。まだ時間があるな。よかった。さっそく改善してみる。また見てくれ」 「わかった」  二人の会話を見て大堀は、にやにやとした。 「なんだ」 「ううん。余計なことを言うとまた喧嘩になるし。黙っておきます」  安齋は昨日一日で随分変わった。だけど大堀も少し変わった気がする。喧嘩しながら揉めながら、こうして自分たちはチームを組んでいくことになるのだろう。  不安を抱えながら座っていると、観光課長の佐々川が顔を出した。 「保住、休みなんだって? 今日は、なにかあったらサポートするから。おれのところに相談来てもいいよ」  保住が休みということはあちこちに知れ渡っているというのか。田口たちは佐々川に頭を下げた。  しかし他部署の課長にそうおんぶに抱っこできるわけもない。今日は一日、三人でなんとか乗り切るしかなさそうだった。
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