第25章 お伽話の中の村

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第25章 お伽話の中の村

その場に居合わせてたサルーンの女の子たちの反応はさまざま。 きゃあ、そうなの?純架ってあの純架だよね、あの子もああ見えて案外隅に置けないじゃん!とか言って少女漫画の新展開を目にしたみたいにはしゃぐ勢もいれば、あんな地味でぱっとしない子にわたしたちが負けるなんて…。この男、見る目なさ過ぎじゃない。みたいにすんとなって醒めてる子もいる。 おっさん連中はというと、面白ければ何でもいいってのが本音なのか。村長と花田さんはとりわけ笑みを顔いっぱいに浮かべ、ちょっと下世話に見えなくもない表情で一緒になって散々俺をけしかけた。 「そうかぁ、木原んとこの純架ちゃんかぁ。最初にここに来た日に海辺で二人出会ったんだっけ?確かに、映画とかドラマの馴れ初めみたいだよね。可愛いことは間違いないし。なんか、こういうとこの女の子たちとは違って娘みたいで僕なんかはとてもとても。変な目で見る気にはなれないけどね、あんな初心で純粋そうないい子」 村長がにやにやして嘯く。当たり前だ、変な目でなんか見るんじゃない。向こうだって当然、嫌ぁな気になるに決まってんだろ。おっさんからそんな風に見られたら。 花田所長も胡麻を擦るように村長に調子を合わせて俺をからかってきた。 「うーん、でも確かに高橋くんみたいなタイプにはお似合いだと思うよ。君も歳の割にまあまあ初心だもんね?遊びで女の子とするなんて考えられないくらいだし。外じゃきっと商売の女の子のレベルもあれだから、若い男の子としてはなかなか気軽に楽しい思いもできなかっただろうしなぁ。経験積むような余裕もなくて、我々から見たらまあ気の毒って言えば気の毒だよね」 「いえ、まあ」 それほどでも。…と、内心では憮然となって首を横に振る。 あなたたちが考えるよりもだいぶ男性向けの性的エンタテイメントは充実してると思うよ、外の現代日本。けど、俺は別に風俗とかの経験でトラウマ負ったわけじゃないので。実際にはその手の場所全て未経験だから、サルーンと較べてどうとかは何とも言えないが。 無責任に面白がったり白けたりしてるその場の人たちの中、山本さんだけは依然大真面目な顔つきで俺からの要望に眉根を寄せて考え込んでる。思えば今日サルーンに来てからの言動を見てても、この人だけはアルコールが入ってからも最初から最後まで脳味噌は素面のままなんじゃないか。 まあ、上司とお客様待遇のよそ者のお世話係としてこの場に同席してるわけだから。ここで女の子たちと酒を飲むのも仕事のうちと考えたらいくら飲んでも一向に酔えずにいるのは当たり前なのかもしれない。ある意味役場職員としてプロだ。 「…高橋さんの気持ちよくわかりますよ。ああいう、普通のごく自然な女の子がいいんですよね。純架ちゃんは両親に愛情込めて育てられた健康な素直な子ですし。若い男性がひと目見て心惹かれても何もおかしいことないとは思います」 「はあ。もちろんです」 自分では不自然に思われるかも、なんてまるで考えもしなかった。むしろあの子がいいです、と頑として主張してもそりゃしょうがないなとみんな納得してくれるような女の子をここで挙げたつもりだから。 だけど山本さんとしてはこのとき特に他意はなかったらしい。あとで知ったことだが、純架のご両親の純子さんと隼人さんはこの人と同級生の幼馴染みなんだって話。 だから、生まれたときから純架を知ってる彼としては半分父親みたいな感覚があって、どこの馬の骨ともしれないよそ者の俺にいきなり彼女が目をつけられたことにも諸手を挙げて喜ぶって気には到底なれない複雑な感情があったんだろうと思う。 彼はその何とも言えない気持ちを隠しきれない様子で、曖昧な表情を浮かべたまま言葉を選ぶように続けた。 「高橋さんがあの子のことをどう思うかはもちろん自由ですが。彼女の方があなたを好きになるかどうかは正直保証はできかねるんですよね…。ここにいる村長や所長も皆さんご存知の話ですが、あの子には集落じゃ暗黙の了解で許婚と見做されてる幼馴染みの男の子がいまして、ですね」 「ああ、はい。前田夏生くん、ですよね」 「あ。…お会いしました、もう?」 山本さんは意外そうに眉を上げて俺の方を伺う。 「だったら話は早いか。いえ、正式にあの二人が婚約してるってわけじゃないので。別にあなたがここで手を挙げても、何も問題ないのは確かなんですが。けど、子どもの頃からの仲ですからね、あの子たちも。そう簡単に間に割って入れるかどうか…。これまでの長年の積み重ねがあるわけですし」 「それは。そうでしょうね」 言葉を選んではいるが、つまりは双方両思いで将来を考えてる仲だからお前みたいなぽっと出のよそ者がいきなり現れて迫っても多分洟も引っかけられないよ。とまあそう言いたいんだろう。 だけど、本当にそうかなぁ。と今日の昼間に見せられた二人のどたばたの顛末の情景をついそこで思い出してしまう。 こんなこと言ったら何だけど。どう見てもあの二人がお互いを思い合ってる気持ちの通じ合う仲睦まじい恋人同士だとは、到底思えなかったんだよね。
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