ありふれた特別なこの場所で

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 玄関の扉を開けると同時に、ユキも家から出てくる。  手を差し出した私は「寒いね」と、口にする。ユキはそんな私の手を取り、「そうだね」と返してくれた。  私達はつい先日、大学を卒業したばかりだ。私は実家から通える会社に就職が決まっていて、ユキは夢を叶えるために明日の朝、上京する。だから今後は頻繁に会えなくなってしまう。 「……若者は元気だね」 「ほんとに。まぁでも、あたし達もまだまだ若い方だと思うけどね」  ユキと私は小高い丘の上にあるベンチに座り、楽しそうに遊ぶ子ども達を一瞥し、お決まりの台詞を口にする。今思えばいつも私から話を振っていたからか、それ以降は会話が続かない。  ただ、遠くに見える住宅街を眺め、私は涙を堪えている。 「……ねぇ、笑ってよ。サクラ」  ユキは真剣な表情で私の顔を覗き込み、そんな事を言った。 「一生の別れって訳じゃないんだからさ、笑って送り出してよ。サクラが笑ってくれたら、あたしはもっと頑張れる……だから、お願い」  曇りのない瞳に見つめられ、ますます泣きそうになったけど、ユキの背中を押したくて、私は笑って見せた。 「ユキ、頑張ってね」 「うん、ありがとう。約束する。夢を叶えて、絶対にまたこの場所に戻ってくるから……それまで、待ってて」  ユキは真っすぐな言葉を口にして、私の方へ小指を差し出した。私は大きく頷いてから、小指を絡めて、二人で小さく笑い合う。  その後は、やっといつもみたいに話せるようになったけど、たまに視界が滲むからあまりユキの顔を見れない。  ふとユキの方を盗み見れば、目の端に涙を溜めた綺麗な横顔が視界に入った。私は涙がこぼれないように少しだけ上を向いて、目の前に広がる風景を眺める。  あぁ、やっぱり……私は、ユキと一緒に見るこの風景が大好きだ。
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