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 木之原の口角が上がる。すっかり落ち着きを取り戻した様子で、優雅にグラスを揺らした。 「……そうだね。今夜もやってるよ。だから、響君をここに連れて来たんだよ。君を薬でヒートにして、動物以下の馬鹿しかいないお祭りに参加させる為に」  いつも通りに微笑む木之原に、響は唇を噛んだ。やっぱり、という気持ちと、その事実を信じたくないという気持ちが入り混じる。  英司が怒りを逃がすように、短く息を吐いた。 「ヒートのオメガをそんなクラブに連れてくとか、エグいこと考えますね。だけどそんなことしたら、正気に戻った響の証言で、あんたの犯行だってバレちゃうんじゃないすか?」 「そこはもちろん、ちゃんと考えていたよ」  あくまで淡々と、木ノ原が答える。 「響君のグラスにはTX+の他にも、記憶障害を起こすベンゾジアゼピン系の薬も混ぜてあったんだよ。()()()()このビルの監視カメラは点検中だしね。食事の後、響君はクラブへ行って、僕とはそこで別れた、とでも言えば問題ないはずだったんだけど。……まさか、この部屋にカメラを仕掛けられてるとは思わなかった」  木之原は「やられたな」と笑う。まるでカードゲームで負けた時のような軽い調子に、響はゾッとしたものが背筋を這った。  ヒートを起こしたオメガをドラッグパーティーなんかに放り込めば、間違いなく複数のアルファに犯される。下手したら首も噛まれ、身体と心に大きな傷を負う。バース専門医の木ノ原が、その悲惨さを知らないわけがないのに。目の前の男が、全く知らない怪物のように見えた。  「君たちの仕掛けに、僕は見事に引っ掛かったみたいだね。……君たちはどこまで、僕のことを知っているのかな?」  通常の定期検診時のように、木之原が穏やかに尋ねる。咄嗟に声が出ない。隣に立つ壱弥が、響を支えるように背中を撫でてくれる。響は気持ちを鎮め、口を開いた。 「……最初に先生に疑問を抱いたのは、壱弥でした」  三人でクリスマスケーキを食べたあの診察の日。帰りの車内で、「先生はなんで、TX+の匂いに似ている果物が、無花果だって分かったんだろう?」と壱弥が首を傾げた。 「……どういうこと?」  響は意味が分からず聞き返す。 「だって、響は先生に『タルトの果物の香りが、TX+に似てる』って言っただけなのに、先生は無花果の葉っぱの話をし始めたから」
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