或る写実派画家の独白

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 概括的に女体の理想型を定めるとすれば…時代が進むにつれて価値観が変遷すると同時に基準となる体型も変遷するから時好によるところが大きいのは論を俟たない。  美の基本は古代ギリシャの彫刻家リュシッポスが定めた頭部比8分の1の人体比率である。爾来、西欧美術において八頭身が理想とされ、ミロのヴィーナスは黄金比で出来ていてポッティチェリのは兎も角ティツィアーノを始めルネサンス期に活躍した画家たちが描いた思い思いのヴィーナスはそれぞれ理想型を追求した結晶である。が、現代人が定める理想型の観点から見ると、どれも肉付き豊かで腹回りが腰のくびれを曖昧にする程ふくよかで腕も脚も太くて肥えている割には胸が小さい。当時は太っていることが裕福な象徴とされていたからだろうが、19世紀に活躍したゴヤやマネやクールベの美人をモデルにした裸婦画を見ると、大分引き締まって現代人が定める理想型に近づいているのが分かる。1960年代のセックスシンボルだったマリリンモンローやブリジットバルドーのヌードを見ると、更に近づいているのが分かる。してみると40年前の理想型より今の理想型の方がより細くなり、腰がくびれ、脚が長くなり、胸が大きくなり、尻も形が整っている筈である。欧米人との差はあれど日本人にしたってそうで胸が大きいのが珍しかった私の青年期に比べ珍しくなくなったことが一番驚くべき変化だ。で、当時は良いとされていた、40年前の女優のヌード写真を見ると、如何にも昔の女だなあと思わせる野暮ったさを感じ、大抵、貧乳で尻がどぼんとして脚が短い。そんな中でスタイルもプロポーションも段違いに優れ、だらしなくなった上に出っ歯になった当世の劣化した女と比較にならないほど洗練された、今見ても最高と思える女優がいた。つまり時代を超え現代の好尚に通じる女体の黄金比を実現した理想型の女だ。もっと言えば完全なる官能的観音像だ。更に言えば彼女こそヴィーナスだ。彼女は黄金三角形、例えて言えば夏の大三角形を三つ持っていた。両目と口を結んだもの、両腋窩と臍を結んだもの、両乳首と恥丘を結んだものだ。私は写実派の画家だから当時の彼女の裸婦画をリアルに描き、今もお宝として何枚も手元に残してあるから実感出来ることだ。  彼女は私のモデルでありパトロンであり妻であり主人であった。えっ、どういうこと?と読者は思うだろうが、私は彼女に養ってもらっていたようなもので頭が上がらず而もドMだから、あなたはあたしの犬よとか、あたしを女王様とお呼びとか言われたものだった。過去形で述べている通り彼女はもうこの世の人ではないが、私は今でもお世話になり、感謝している。  嗚呼、こうして彼女の裸婦画を眺めていると、奇跡だとつくづく思う。勿論、三十二相揃っていることに対してもそうだが、何故、私と結婚したのかということに対してもだ。彼女程の女優なら大人物と、となるところだが、矢張りドSだったからだろう。私は好個の餌食だったのだ。が、彼女のやることなすこと全てが私にとって奉仕だった。鞭打ちさえ痛みが快感となり未だに体にまざまざと生々しく刻み込まれている。今でも夢に出て来て私は文字通り犬で鎖で繋がれ四つん這い状態だったりする。で、目覚めた直後、SM女王として躍動する彼女の幻覚を見る。それ程、彼女は私の中に脈々と息衝いていているのだ。私は彼女をとこしえに愛して止まないのである。
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