#01.Happy unhappy drags

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 独創性とはなんだろう? たんに気をてらっただけでは受けはすまい。――なんてこと、創作の徒なら百万人が百万回は考えてそうな常套句だと苦笑いした。  逸脱すればいいわけじゃない。フレーズを繰り返さずにできているメロディはない。リズム、メロディ、ハーモニーはひとつとして欠けてはならない。  無限に思えるコードの組み合わせに正解も間違いもない。なにしてもいいんだ。ただ広大な自由の前で人は時として不自由になる。  曲づくりにおける制約のひとつは主旋律の音域――オレの声域には限界がある。せいぜい三オクターブぽっちの不自由な喉が、いまは拠り所になる。  最高音をサビ以外に持ってくるか? いや、小手先にもほどがある。あえて音域をもっと絞るか? いや、浮かんだメロディに準じよう。まだ浮かんではないが。  仮の歌詞でも書くか? いや、いまは表現したいことはない。  ――なにも浮かばない? そんなバカな。  震える手でグラスをつかむと残りをひと息で飲み干した。冷たい炭酸で喉を炙る。 「ご、ごっそさんす」 「おかわりは?」  いりません、と答えようとしたとき、地上につながる出入り口のドアがひらく音がした。  日が暮れて一時間ほど経っただろうか、外の暗がりからひょっこり入ってきたのは見知った顔だ。  真っ赤なダウンジャケットで着ぶくれしたすがたは巨大な梅干しめいている。 「おはようございまーす!――お、いるな」  今野人清はオレのすがたを認め片手をあげた。  この時間はまだアルバイト中だったはずだ。
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