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久しぶりに僕の担当する営業先の会社の東京本社に顔を出した。
ここには僕の愛おしい初恋のアノ人がいる。
僕の初恋の人。真壁碧斗。彼はここで専務をしている。直接僕と仕事で関わることはないけど…。時々なんかの拍子に顔を合わせる。僕は遠くから見守るだけ。
いまもこうして彼に向かう僕の恋心が消えることはない…。
それからもう一人。
随分前に初めて珖眞君をここで見かけた時のことを今でも鮮明に覚えてる。僕が何度かちょっかいを出そうとしたけど、彼が僕に靡くことはなかった。
だから。そんな彼をさいたま支店に異動させたのは他でもない、僕の推薦によるものだった。部長に直接掛け合って、当時まだ東京本社にいた彼を僕が担当のさいたま支店の新規プロジェクトに巻き込んだ。
ずっと一途に恋してた碧斗以外にあんなに心を揺さぶられたのはあとにも先にも珖眞君だけだったから…。
東京本社につき、地下駐車場のエレベーターホールでエレベーターを待っていると、あの鬱陶しい鈴木課長とばったり会った。
「あ、どうも。」
久しぶりに見るその顔は相変わらず暑苦しくて好きじゃない。
「あー、お疲れ様です。」
「どう?最近調子は…」
「別に。」
少しふて腐れた顔をして後ろに静かに佇むヒビキにチラッと視線を向けたから僕はなんとなく背中でヒビキを隠し、彼からその目を背けるように話を振った。
「珖眞君がいなくなって寂しいんじゃない?」
「そうしたの、香田さんでしょ…」
「別に僕がそう決めた訳じゃない」
「珖眞君は僕のものだから手を出さないでねって言ったのに。僕から奪っといてよく言うよ…」
「僕は彼がプロジェクトに手を貸してくれたらいいなって部長に軽く言っただけだよ。決めたのは部長と本人の意思だし♪」
「同じことだろ…」
「なによ、珖眞君に振られたからって僕に八つ当たり?」
「振られたなんて。僕たちはそもそもお互いに気楽な付き合いをしてただけだし。」
「うわぁ、強がっちゃって♪君の方は随分御執心なようだったけど?本気になってるように見えたけどね。」
「ほっといてくれよ。僕の事は…」
「別に君になんか構うつもりは無いけどね…♪」
鈴木君がヒビキをなめ回すようないやらしい視線を向けるのを避けるため、ヒビキを隠すように絶えず背中を向けながら鈴木君とそんな話をした。
そんな珖眞君は今頃、さいたま支店で爽君と仲良くやってる…。敢えてそれは鈴木君には言わないでおこう。
僕が仕掛けた作戦で、この鬱陶しい鈴木君の手から珖眞君を逃れさせてあげて、僕が横から戴く算段だったのに。あれはとんだ誤算だった。まさかそこに強敵のダークホースの爽君が現れるなんて、思いもしなかったから。
今ではそんな二人を見守り、応援してる。
だってあの爽君には、敵わない。
爽君は僕が惚れてしまいそうな位、魅力的な子だから。
爽君になら譲ってやったっていい。
そう、思えたから。
今頃…、爽君はいつもみたいに
『だからコーマなんか、大嫌いなんだよ!』
なんて言ってるに違いない…。
心の声が駄々もれなくらい、誰が見たって彼を大好きな顔をして。
一階に到着するとヒビキを守るようにして二人でエレベーターを降りた。
まだエレベーターのなかに入る鈴木くんが扉がしまるギリギリまでその隙間から僕の後ろに立つヒビキを見ていたのが、なんとなく腹が立ってしかたなかった。
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