天使(後編)

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天使(後編)

「昔だったら、資源枯渇や格差拡大が起きた時には、 植民地を求めて国外に進出すればよく、 開拓や戦争の中で私みたいな虚弱者や、 遅れた制度も淘汰(とうた)されたのかもしれません。 しかし今では、地球の限界や世界の一体化、 生活水準向上や武器の強力化によって、 そのような〝解決〟を許していたのでは、 損失(ロス)費用(コスト)危険(リスク)が大きく、むしろ自滅的です」 人類の、罪や本音も認めちゃう(苦笑)。 今後は悲劇が、起きないように……。 「これに対してAIなどの環境親和技術は、 それら全ての政策課題で費用や危険を低減し、 安価・安全・根本的に文明の持続的発展を実現できる。 だから今後の政策も、そうした次世代技術を活かして、 モノの生産と分配だけでなく、ヒトの向上と活用も助け、 環境、経済、人間含む社会、そして政策自体の 全分野における惑星文明の持続可能性をめざす、 総合的な政策になるのでは?と思うんです」 ふ~、一気に(しゃべ)ったので疲れた。 d0d266c3-171e-4aaf-849a-eaea3915dee3 「現代文明の課題には、次世代技術と総合政策……」  彼女は真面目な表情で少しうつむき、考え込んだ。 ちょっと早口になっちゃったし、難しかったかな?  だけど、彼女の意見がとっても聞きたい。 しかし、彼女は少し表情を(くも)らせた。 「でも文明って……できることが増えるほど、 すべきことも増えるというのは、何だか自転車操業ですよね。 せっかく色々できた技術に限界が来たとたん、 その問題が増えて返ってくるなんて、無理ゲーかも。 マグロの泳ぎっていうか、ええと……『赤い靴』?」 おっと突然鋭いツッコミ、そして怖すぎる(たと)え(笑)! 困っているところに長々と話を聞かされて、 ますます疲れちゃったかな? ごめん、これじゃあ逆効果だ! 私は(あわ)てた。 「いや、でも大人になるってそういうことでしょう? 技術のおかげで能力が高まり、仕事も楽になっている。 完全な技術なんてないし、人間の欲には際限がない。 むしろ万能な技術でボンクラになる方が恐いかも」 「そっか……そうですよね! 文明って元々そうだし、 これまでそれで栄えてきたんだから、今さら捨てられない。 解決策がないと困るけど、見えてるんなら 後はそれに向かって頑張(がんば)るだけですよね!」 明るい微笑みが戻った。 いや~前向きな性格で良かった。 もしや私の心の強さを試したか? 恐るべし異星人(笑)! 「まあ実はこれって、国連や国、自治体の政策にある、 〝持続可能性〟〝誰ひとり取り残さない〟とか 〝人間の安全保障〟〝ソサエティ5.0〟といった 言葉を調べている時に、考えついたことなんです。 だから上の人達は、とっくにご存知なのかもしれない。 だけど、今では私みたいなオタクでさえ気づき、 誰でもウラがとれる事実と論理だけで 簡単に説明できるんだから、もう間違いなく みんなが知らなきゃヤバい知識だ!と思っているんです」 偉そうにならぬよう、元ネタも白状しておこう。 彼女は何やら、考え込んでいる。 銀河大戦やってる人達に惑星文明の持続を説くなんて、 世間知らずのお人好し、と思われるだろうか?  でも、私は人間の理想だけを信じているわけではない。 67b8183f-3410-4469-9be4-0fd2e572b8ca 人間性の本質は(ごう)や原罪とも、希望や向上心とも 呼ばれるような、良くも悪くも限りない欲求であり、 それは知性で色々な願いを(かな)えられるようになった ことから、必然的に生まれてくるものだと思う。 もしかすると、技術を可能とする知的な想像力は、 政策を必要とさせる無制限的な欲求と、 文明発展の中でお互いに高め合う、 表裏一体(ひょうりいったい)の関係にあるのかもしれない。 だとすればその欲求は当然、社会の維持や再生にかかる 対価や代償の低減だって、求めるだろう。 彼女達が神や悪魔を演じて私達を文明化したのなら、 必ずやそのことも心得ているはずだ。 d0be35e4-1fe5-42de-b1b7-91d2180e36f1 しばらくして、彼女は口を開いた。 「実に興味深いご意見ですね……。 これまで帝国でも、惑星の環境改造と植民や、 高次空間動力(エネルギー)を利用した超光速航行、 量子頭脳への人格転移(マインドアップローディング)を中心に、 次々と新世代の技術が開発されてきました。 これらはちょうど、農業・工業・情報技術にあたります」 彼女はさらに続けた。 「となると次は、AIなどの環境親和技術にあたる技術です。 でも帝国では、今回の内戦からも分かったように、 地球における人工物と自然物の違いよりも大きな、 種族間の違いが問題となるので……ああ、ありましたよ!  まさに種族間親和技術といえるような、 新技術を開発している技術種族がいます!  量子頭脳の遠隔接続や共同利用、人工体の共通化……、 これは大変参考になりました、有難うございます。 ……おお!」 a282f4b6-4edb-4028-b51a-125e75f38b84 彼女は突然、何かに耳を澄ますように、 目を見開いて(ちゅう)を見上げた。 「母船と連絡がつきました!  私達の種族は穏健な軍事種族や産業・技術種族、 それに恒星間を渡れる途上種族の協力も得て、 平和の回復にあたることを決定したようです。 どうも大変、お世話になりました。 参考になるお話を、有難うございます。 残念ですが緊急呼集(こしゅう)がかかりましたので、 ここで失礼させていただきます」 私は彼女が助かったことを喜びながらも、 状況の急変に動揺した。 「えっ? そうなると、私達人類は……?  あと、君達の名前だけでも」 再び(きらめ)く光と共に、天使の姿に戻りながら、 彼女は一瞬、少し悲しげな表情を浮かべた後で答えた。 「実は……私達はサタンと言います。  すみません、他の種族のことを考えて、 悪役を演じる時は私達の名前を使ったので、 初めはちょっと言いづらかったんです」 しかし、変身後はすぐに元気を取り戻し、 瞳を希望に輝かせながら、こう言った。 「でも、もうじき公式の接触と説明が 行われることが決まりましたよ。 私達は、貴方達の優しさを忘れません。 これからも、よろしくお願いしますね!」 2cf2a41b-d3d2-477b-bfaa-89ad87efea55 彼女はにっこりと微笑んで窓を開け、 呆然(ぼうぜん)とする私にぺこりと頭を下げた。 重力制御も使っているのか、優雅に翼を()ばたかせ、 飛び去っていくその姿は、再びちらちらと輝いて消えた。 ただ、入館時にも役立ったであろう光学迷彩が 切り替わるその時、翼の生えた猫みたいな影が見えた。 その後の展開は、歴史の本にある通りだ。 旧帝国の文明開発長官だったサタンは新王朝を設立すると、 (ただ)ちに人類と公的な接触を行った。 その基本形態はやはり、蝙蝠(こうもり)の翼を生やした 猫科の動物のような姿をしていた。 ただし、彼女達は昔から皇帝種族と深い関係にあり、 特に良識的な亡命者達を大量に受け入れることで、 実質的には混成種族となっていたようだ。 e9a2fce5-df3e-4ac9-a631-1f58ee53ae90 新政権は好戦的な側近種族達を平定した後、 見事に帝国を再建・復興し、国政を民主化しつつある。 当時、すでに側近種族達は互いの抗争で弱体化しており、 穏健派種族の核となるサタンを滅ぼせなかった時点で、 その敗北は決まっていたとも言われている。 図書館の天使は、いわば〝ノアの箱舟〟の物語における、 オリーブの枝をくわえた鳩のような、 希望のしるしだったのかもしれない。 もっとも彼女は、全てを話していたわけではない。 何と側近種族の一つが、皇帝種族の人格群が宿る量子頭脳、 通称〝聖霊〟(ホーリースピリット)を地球に隠していたことが分かり、 彼女達はその捜索に従事していたのだ。 だが人類は、後に他種族と合同部隊を編成し、 その救出作戦も行って、劇的な成功を収めた。 3d036246-dfe4-49e9-9192-0826b67aa531 そして今、量子人格化(マインドアップロード)した私は、 仮想空間の中で現皇帝種族の挨拶(あいさつ)を聞いている。 その代表人格は今回、 猫耳と蝙蝠(こうもり)の翼をつけた可愛らしい少女という、 何ともマニアック……もとい(笑)、 本来の個体と似ていて、親しみやすい映像体(えいぞうたい)を使っていた。 be6b4630-156e-4ef0-a2d4-055cafd1c96b 「人類の皆様、このたびの量子人格化(マインドアップロード)達成につき、 心からお喜び申し上げます。 かつて私が文明開発長官を務めていたとき、 人類は最も有望な若き種族のひとつでありました。 〝先帝〟救出作戦での目覚ましい功績はもとより、 素晴らしい発展の歴史から得られた貴重な知識も、 現在の国家政策に大きな助けとなっています。 ここに私は皆様への深い感謝を表すると共に、 そのさらなる繁栄と星間社会への貢献を期待し、 今回の大いなる成果を心から祝福いたします」 ……たぶん彼女は、すでに知っていたのだと思う。 そもそも彼女は人類の文明発展を支援してきた、 長い歴史をもつ種族の一員だ。 今にして思えば共有人格の思考能力は神に近いし、 個体の能力もそれなりに高かったはずだ。 一方私は、文明論に興味はあっても普通の市民だ。 彼女達は正式な交流を始める前に、 私のような一般人を検体(サンプル)として人類の民度(みんど)、つまりは 民主政を(にな)える知識や成熟度を調べただけなのだろう。 同時期に似たような事例が、他にも数多くあったようだ。 とはいえ、それは実に面白い経験だったし、 星間国家の繁栄も、そこでの人類の成功も喜ばしいことだ。 6507078f-c026-45de-9ba2-2ff54b507929 まあ、今回得られた人格転移(アップロード)の技術について言えば、 量子人格になっても〝浮世離(うきよばな)れ〟をしないよう、 定期的に快適な仮想空間を離れて、現実世界で 活動する義務があるのだが……やれやれ。 いつの時代も仕事は面倒だが、生き甲斐にもなる。 感謝の気持ちに感謝で応え、頑張ることにしよう。 想定よりも長生きしたが、まだまだ知らないことも多い。 やはり人生は前向きに楽しまないと、もったいない。 地球では〝天使な魔王サタンちゃん〟(笑)とも呼ばれる 愛らしい彼女の姿を見ながら、あらためてそう思った。 b497de10-0645-4e53-87ae-211c886811a4
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