望まないから得る幸せ

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「まぁまぁ。取り敢えず、この話のメリットを上げます」  メリットと聞いて、私も父も黙る。  モレーン先生は、ちょっと小柄で中性的な顔立ちをしていて、ひ弱そうな先生に見えていたのに、今、目の前に居るこの方はメガネの奥の淡い緑色の目をニンマリと細めて、まるで凄腕の商人のように見えた。  ……実はこの先生、とんだ食わせ者なんじゃないの……と身震いする。 「先ず、私は伯爵家の三男だから成人して身分は平民。モレーン伯爵家とはまぁ縁は切れないけれど伯爵家の人間として社交を行うこともないし、伯爵家の領地経営をすることもない。多少家族の交流はしてもらう必要があるけれど、基本的に伯爵家とは無関係。ただ、我が伯爵家を取っ掛かりとして高位貴族相手の商売をすることは出来る。その見返りはまぁそれなりにあるけれど。そこは父も兄もあくどいわけではないから交渉次第だね」  横に居る父が指を動かしたのが見えた。……文字通り食指が動いた、と。我が父は商人では無かったか? こんなにチョロくてどうする。  そして、そんな父の心の動きを目の前のモレーン先生は見抜いているように、ニンマリと口角を上げる。  ……やっぱりこの先生、とんでもない食わせ者だ……。  私程度じゃ敵わない、とちょっと思う。でも簡単には絆されないんだから! ……多分。 「次に、私は平民ですがミルヒ嬢もご存知のように学園の先生ですね。なのでただの平民とは違い、実は爵位が有ります」  そういえば、貴族の子を教えるから平民じゃなくて一代限りの準爵位がもらえるんだっけ。でも一代限りだし、先生辞めれば爵位返上だから実質は平民と同じものだよね。 「別にモレーン先生に爵位があっても無くても構いませんけど」  気にしないし、抑々結婚しないし。 「おや、それは良かった。私が貴族でも平民でも結婚することに支障はない、と」 「誰もそんなことを言っていませんが」  なんで今、良いように取った? 「でもそういう事でしょう? ミルヒ嬢は別に私が貴族でも平民でも気にしないでしょう?」 「それは、そうですが」 「つまり結婚に支障無しということです」  いや、違う。  違う、と告げるその前に。 「まぁ一先ずそういうものとして話を進めましょう」  いや、勝手に進めないで! 「身分のことはさておき。次に私自身のメリットです。あなたに妻としての役割は求めません」  ……はい? 「えっ、どういうことですか」 「貴族夫人としての活躍は私の妻には関係ないですし、私は学園の独身寮には入ってますが自分で食事の支度は出来ますし、洗濯も掃除も出来ますからやってくれ、とは言いません」  ……ちょっとグラッときた。  家事をする手間が無いのなら、それは確かにアピールポイントだ。 「それに仕事をするな、とも言いません。辞めてもらってもあなた一人を養うことは出来ますが先生をしている身としては、夢を失くすことはおススメしません。ミルヒ嬢が望むならいくらでも商会の仕事をしても構いません」  な、なんという魅力的なアピールポイント!  またもや決意が揺らぎます。 「その上、子どもはどちらでもいいと思っています」 「ええと欲しいわけじゃない?」  どちらでもいい、とは? とモレーン先生に質問する。 「いえ、欲しいですよ。でもどうしても、とは思っていません。ミルヒ嬢が欲しくないかもしれないし、お互いに欲しくても出来ないかもしれません。こればかりは分からないですからね。でも子どもが居ないと家が……と気にするような貴族でもないですし。出来たらいいね、くらいですかね」  更なるアピールポイントきたっ!  コレは本当にグラグラします。
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