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「まるで蛾ね」
化粧をしながら呟く。ここは、むせ返るような香水の匂いに満たされたホステスの控え室。隣で化粧をしていたマリが訝しげな目つきで私を見る。
どうやら呟きが聞こえてしまったようだ。
「何?」
化粧する手を止めずに、マリに聞く。
「今、蛾って言ったでしょう? 何のこと?」
マリは私をじっと見つめながら尋ねる。
「あぁ、私たちのことよ。夜の蝶なんて言われるけど、実際は蛾よね。光……金に集まる夜の蛾」
マリの疑問に淡々と答える。
「厚化粧して、蛾に化けて金を求める。最高に嗤えるわ」
私は吐き捨てるように言い、塗ったばかりの真っ赤な口紅を見つめる。
本当にバカらしくて、嗤えてくる。でも、今の私にはお金が必要なのだ。蛾に化けなければいけない。
私をじっと見つめたまま話を聞いていたマリが口を開く。
「蛾じゃないわよ。私たちは蝶よ。死体に群がる妖しく美しい蝶なのよ」
その言葉に私は目を見開き、マリを見た。
そんな私を見て、マリは可愛らしいピンクの口紅が塗られた口許を緩めた。真剣な声でマリは続ける。
「ここの蝶はね、死体があるからこそ妖しく美しくなれるの。怪しく美しい蝶に罪はないわ。むしろ、ここはそんな蝶たちを求めているのよ。だから、私たちは堂々と死体に群がっていいのよ」
返す言葉が見つからない私は、付けまつげとカラコンで彩られたマリ瞳を見つめた。
そこにボーイの声が響いた。
「皆さん、そろそろお時間です」
「あら、もうそんな時間? 行きましょう!」
マリが立ち上がる。マリの口許には、先程の会話が想像できないくらい、妖しい色気が漂っている。
「えぇ」
マリに促され私も立ち上がる。
さぁ、今日もしっかり死体に群がろう。私は夜の蝶に化けたのだから。
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