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「それは…お断りしておきます。」
「なぜだ。」
「なぜも何も……私はそんな力が使えるようになるから番になるとか、子孫を残すから体だけあればいいとか、ちょっと無理です。
ロルフのその考えにも着いて行けないですし。」
何をするにもその方法しかないのかと、ルーナは落胆した。
だからさっきからルーナは早歩きでロルフから逃れようとしているのに、ロルフはピタリと後ろに付き纏った。
この場所を知っている訳ではないが、ルーナはとにかくロルフから離れたかった。
だがしかし、どこを通っても長く冷たい白銀色の廊下が続いている。
「何が問題なんだ。」
「……はっきり言いますが。
まず、ロルフが問題です。
あなたには“愛”とかそういったものが、全く感じられません。」
「儀式になぜ“愛”が必要なんだ?
目的のためにやるべき事をやる。必要だから子孫を残す。
それの何が悪い。」
真剣な目をしてロルフは訴える。背が高いロルフに真後ろから迫られると、それだけ圧を感じる。
だがルーナは負けまいと気丈に振り返る。
「儀式をするにも、夫婦になるにも、子作りするにも愛は必要です。
愛がなければどれもできない行為ですよ。」
そう返したが今度はロルフが納得いかず、不貞腐れたような顔をした。
「だったらルーナは、フォルティスを愛していたのか?
愛していたから結婚したのか?」
(私がフォルティスを………?)
「知ってるぞ。お前達の結婚は親に決められたものだったということを。
それが俺とレナと、どう違う?
確かに俺はレナを好きだったが、だからと言って番のがお前だろうと構わないと言っているんだ。」
「私は嫌です………‼︎」
咄嗟にルーナは大声で、ロルフを拒絶した。
自分でも驚いたが、あの時フォルティスが言っていた言葉を思い出したからだ。
『俺はルーナを………
彼女を……っ、心から愛して……いました。
ずっと彼女だけを愛していきたかった……』
あんな風にフォルティスが自分を思ってくれていたなんて驚きだった。
あの時のフォルティスは切実で、今にも泣きそうだった。
そんな彼の声を聞き、ルーナもつられて泣きそうになった。
確かにルーナも、愛なんてものはよく分からない。
だけど、ずっとただのケンカ友達だと思っていた相手の本心を知った時、確かに心が動いた。驚いたが、迷惑ではなかった。
昔は嫌いだと思っていたのに、むしろ嬉しいとさえ感じていた。
あんな風に自分を思ってくれるフォルティスと夫婦になれて、良かったと思った。
いや、“なりたかった”。
自分の本当の肉体が死んでしまった以上、もうそうは、なれない事も理解している。
それでもと、ルーナは思う。
「私の夫は、フォルティスだけです。
だからロルフとは番にはなれません。」
「だが、今のお前はもう公妃じゃないぞ。
体はレナだ。」
「魂はルーナのままです。それに……」
「それに?」
真上を見上げると、ロルフの端正な顔が視界に入った。感情など皆無といった表情。
冷たい眼差し。動物特有の瞳。
人間と聖獣の認識の違いがどこまであるかは分からない。
それでもルーナはロルフに、フォルティスのように情熱的とまではいかなくても、せめてレナの死について考えて欲しかった。
「ロルフはもっと、“愛”について知った方が良いと思いますよ。」
(とは言え私も“愛”が何なのか、よくは分からないのだけれど)
「じゃあ、教えてくれ。」
ドン、という音と共にルーナは白銀の壁際に押しやられた。
逞しいロルフの方腕によって。彼のさらさらとした銀の前髪が揺れる。
「え?」
「その“愛”とやらを、ルーナ。お前が俺に教えてくれ。」
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