第一話

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第一話

 普段は地味で静かな屋敷のホール内が、めまいがするほど華やかに、耳鳴りがするほど騒がしく。その喧騒の中心にいるだけで失神しそうな心地だった。  つねにはないどんちゃん騒ぎに上司も先輩も同僚も部下も朋友も、みな浮かれに浮かれ正体をなくしている。  無理もない。  四方世界の魔王たるイシュビ・ニラムの四天王がひとり、東方将軍アクルガルが。  四天王の中でいちばんパッとしないアクルガルが。  容姿も経歴も言動もすべてが地味地味地味なアクルガルが。  四天王最弱の男が、今宵、花嫁を迎えたのである。 「よかった~よかったなぁ! アクルガル!」 「奇蹟です……奇蹟ですよ……」 「まったくだ。あいつがあのような方と……」  好き勝手言われながらも当の本人は青い顔でだらだら汗を流すばかりである。 (俺……俺……目立ちたくないのに!)  いや、やめて。みんな見ないで! こんな明るい場所は嫌だ。早く静かな場所に引きこもりたいのに。  花嫁が隣にいる間は衆目はすべて彼女に集中していたのだが、先に退出してしまった今となってはこの場の主役はアクルガルひとりである。  ぎゃーすぎゃーすと正体不明に騒ぐ群像が割れ、後光(魔族なのに)がさすような美貌の少年が歩み寄ってくる。  あまりのきらびやかさにヒッと咄嗟に目を閉じるアクルガル。 「オメデトウ、アクルガル。さあ、ボクの杯を受けてください」  花嫁の弟君に微笑みかけられ、アクルガルは薄目を開けた状態で腕を延ばす。  花婿のカップになみなみとビールを注ぎ、弟君は爛々と目を見開いた。 「まさかボクからの祝杯を足元のバケツに流したりしないよね」 (の、飲みます飲みます飲みます……)  声もなくビールを一気飲みする小心者のアクルガル。 「いいねぇ! やるじゃん、アクルガル」 「いやアナタ、大丈夫?」 「さあ、わたしからの祝杯も」 「こっちもこっちも」  アルコールハラスメントやめてー。涙ぐみながら喉にビールを流し込み続けるアクルガル。  彼の不幸は、なんだかんだこうして要求にこたえてしまえることにある。  やがて宴もたけなわで締めとなり、怒号のような喝采を浴びながらようやくのことでホールを退場できた。  階上へとあがり、シャンデリア(いつもはアクルガルの指示で灯は落とされている)の光が届かない廊下に滑り込んだところで少しだけ気持ちが楽にはなった。  だが緊張とアルコールと恥ずかしさで顔は赤くなったり青くなったり、心臓がばくばくと口から飛び出そうな心地なことは変わらない。  ようよう歩を進め、夫婦の寝室と定められた南向きの広々とした部屋へと入る。  中は薄暗かった。大きな寝台の隣にかそけく灯りが浮いているだけだ。  その明かりの中で、人影が動いた。 「アクルガルさま……」  花嫁の黒いヴェールの下からかぼそい、だが凛とした声が呼びかけた。 (はいぃッ!)  胸中でびくびく返事をしたアクルガルだったが、実際には声も出ない。 「こちらにいらしてくださいませ」  硬直して指先さえ動かせない。自分ではそう感じていても、足が操られるようにギクシャク動く。 「どうか、ヴェールを……」  花嫁の声は小さく震えていた。それ以上にアクルガルの手はガクガク震える。  花嫁のヴェールを取る意味。夫婦になるということ。  ヴェールの下からあどけない白い顔がのぞく。  灯りを受けて金色に縁取られた巻き毛は細く柔らかく、同じ色の眉は産毛のよう。その下で、緑色の瞳が大きく見開かれる。 「ああ……!」  直後、瞳が潤んだのと同時に感極まった吐息が朱色のくちびるからこぼれた。  世にも気高き魔王女アビ・シムティ。  尊顔を目の当たりにしたアクルガルは、息を呑むばかりの美貌と、緊張と酔いと、自分は裏切りを犯すのではないかという罪悪感で。  あまりのプレッシャーに男は、これから共に初夜を迎えんとする新妻を前に、慎み深くぶっ倒れたのである。
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