最終章 7.奇跡に願ってみた。(挿絵あり)

1/1
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/51ページ

最終章 7.奇跡に願ってみた。(挿絵あり)

「レイさん! 起きて下さい! 今日なんですよ! 分かってるんですか!?」  私はいつものようにクリスのベッドを借り、ダイニングですやすやと寝ていたはずだが、鬼の形相のクリスから叩き起こされた。なぜこんなに血相を変えて起こされているのか分からない。 「え~、あ~」 「寝ぼけてる場合じゃないですって! 早くその寝癖とよだれをどうにかしてください! 急がないと流星群終わっちゃいますよ!」 「え~だって夜だろ、それ」 「もう夕方です!」 「え?」  私はすぐに体を起こし、傍にある窓から空を流れ見た。視界に飛び込んできたのはうっすらと夜が始まる黄昏の空だった。なぜ夕方まで寝てしまっていたのだろうか。  昨晩、サンダリアンとモルファーもこの家に駆け付け、4人で夕食を楽しんだ。その際、モルファーが土産として、普段は飲むことがない葡萄酒を持って来てくれた。未成年のクリスは飲まなかったが、食前酒のような形で乾杯をした。3人がそれぞれに私と出会えてよかったと笑顔で言ってくれた。嬉しくなり、一気に葡萄酒を飲み干した。コップ一杯だ。そこまでは覚えている。だが、その後の記憶が一切ない。地球にいた際、何度か酒を口にしたことはあるが、自分がアルコールに弱いと自覚したことはなかった。だがこの有様だ。もしかしてこの世界の酒は特殊なのだろうか。私自身の体質の問題なのだろうか。何にせよ、これはあれだ。恋愛漫画じゃ、とんでもない失態を犯しているパターンだ。そう瞬時に悟った。限りなくお決まりな流れが最後の最後で発生だ。 「もしかしてあの葡萄酒を飲んで、夕食を楽しんだ後、私はクリスを堕天使に……!!」 「なんで顔を真っ赤にしてるんですか! レイさん、あのお酒飲んだら即このベッドに倒れ込んで寝ちゃったんですよ!? 今のいままで!」 「へ?」 「おかげで用意していた料理も3人で全部食べたんですからね!! もうお酒は二度と飲まないようにお願いします! 持って来てくれたモルファーさんには申し訳ないですけどね!」 「そうか……、すまない。セーフ」  どうやら私は天使を堕天使にしなかったらしい。アウトだったら地球では完全に警察沙汰だ。またワケの分からない事を、みたいな飽き飽きとした顔をして、クリスは頬を真っ赤に染め上げている。彼はもう出掛ける準備は万端で、「はやく用意してください、僕は外で待ってますから」と吐き捨てるように言うと、家を出て行ってしまった。  そうだ。今夜だ。あの流星群の訪れは。私はすぐに着替えを済ませ、身なりを整えた。彼らから贈られた純白の乳押さえだってちゃんと装着した。こんなに素晴らしい夜だ。ちゃんと身に付けないといけない。勝負下着だからな。  すぐに家を出て、足早に二人で森へ向かった。サンダリアンとモルファーともそこで落ち合い、一緒に流星群を眺める流れになっている。そこまでのクリスとの道中で、彼は私が寝ていた間の話をノンストップでしてくれた。  3人で4人分の食事を平らげ、葡萄酒もクリス以外の二人で飲み干したはいいが、サンダリアンは酔いが回ってしまい大変だったと。詳しい内容までは聞かせられなかったが、どうやらサンダリアンは泣き上戸らしい。なんとなくそれは想像出来る。モルファーは酒に強いらしく、泣き崩れるサンダリアンをどうやら家まで送ってくれたのだそうだ。モルファーは相変わらず頼りになる男だ。 「そうか、楽しそうで何よりだ! 寝てしまったのが惜しいな」 「そうですよ! ほんとなんで昨晩に限って……! レイさんはだいたい本当に帰……」 「なんだ?」 「……いえ、なんでもないです」  先程まで憤慨しつつ喋っていたクリスだったが、急に大人しくなってしまった。何かおかしなことでも言っただろうか。 「途中でやめられると気持ち悪いな。なんだ?」 「もう、いいんです!」  クリスが連れない態度でそっぽを向いた。私は言葉を繋げようとした時、遠くから声が響き渡った。 「レイさん、クリス君! こっちっす!」  サンダリアンだ。遠くで大きくぶんぶんと手を振り、私達を呼んでいる。昨晩泥酔して泣いていたようだが、今はすこぶる体調は良さそうだ。隣にはサンダリアンより背も体格も大きいモルファーも既に到着しているようだった。いつもの黒いローブに身を包み、すっと佇んでいる。私とクリスはそんな二人の傍に駆け寄り、森の入り口付近へ到着した。ここだと空の見晴らしもよく、開けており、星々もよく観察できる最適な場所だ。もう夕闇は過ぎ去り、夜が訪れた頃だった。  ここは穴場なのか、私達以外に誰もいない。それは静寂に包まれた静かな夜だった。少しだけ生ぬるい夜風が私達4人の隙間を潜り抜け、幾度となく消えていく。私の右にはクリス、その隣にモルファー、そして私の左にはサンダリアンがそれぞれ佇んでいた。 「今夜は一段と綺麗だな! それにあの一番星も格別だ」  満点の星空を見ていると、ふと、この世界へやってきた際に自宅から見上げていた星空が思い出された。そこで願ったのだ。「別世界へ行きたい」と。そして辿り着いた。ここへ。 「そうですね」 「ほんと綺麗っす!」 「ああ、綺麗だ」  3人ともそれぞれに星空へ想いを馳せるように言葉を投げた。しかし、その表情はどことなく寂しそうに見えた。 「私はこの日をとても楽しみにしてたんだ」  そんな星々が散りばめられた夜空を見つめながら独白のように告げた。すると、左側にいるサンダリアンの声が聞こえた。 「そうっすよね……。あのっ、レイさん! 俺っ、今まで本当に」  その時だった。彼の言葉を遮るように一つの赤い炎のようなものが夜空を横切り、一瞬だけこの暗闇を明るく照らした。 「あっ……!」  声を上げたのはクリスだった。私は息を呑んだ。ついにこの時がやってきたのだ。 「来る……!!」  モルファーが力強く言い放った瞬間だった。  瞬く間に数えきれない程の流星が流れ始めた。私は驚愕し、思わずこの夜空へ声を放った。  あれが記憶石の流星。私はその流れ星を目にした瞬間、気が付いた。あの石へ願い、ここへ辿り着いたその事実に。自身の願いを記憶し、そして儚くチリとなり消えた石。この世界を一変させたような力を持った記憶石。それは真っ暗な闇を照らし出す、赤い閃光。夜空とは思えない程に闇を蹴散らし、光を放ち、神々しく輝いた。何度も何度も――  この世界へ辿り着いた私は、この記憶石に翻弄され、多くの時を刻んだ。クリスやサンダリアン、モルファーもそうだ。時にそれは試練となり、または役立つものとなり、自分達を追い込む凶器にもなる。私達は様々な時間をこの記憶石と共に過ごし、同時に記憶石は、私達に希望さえも与えてくれた。  それら全てを含め、奇跡となった――  私は彼ら3人と出会い、ここまでやってきた。それは私にとって、どんなに有意義で素晴らしい時間だっただろうか。 「レイさん!!」  夜空へ見とれていた私へ、クリスが唐突に叫んだ。振り向くと、クリスもサンダリアンもモルファーもその場で立ちすくむように、私の顔を見つめていた。その表情はいつになく真剣で、だけど、悲愴に溢れていた。 「はやく願わないと! 流れ星、消えちゃいますよ!! もう、なんでレイさんは最後までこうなんですか!?」  クリスが緊迫した様子で急かすように言った。 「そうっすよ……! いつもいつも無茶ばっかするんっすから……!」  サンダリアンは珍しく私を責め立てている。 「レイ君、自分はいつでも覚悟が出来ている。もう悲しませたりはしない」  モルファーは毅然としながらなぜか恋愛漫画に出てきそうな言葉を並べている。やけに真剣だから、少しだけ口角を上げた。だが、3人とも何かがいつもとは違う。 「あまりにも綺麗だったからな。うっかり願いを託すことを忘れていた。消えてしまっては元も子もないな!」  私がいつものように笑う横で、クリスがまた呆れ顔で見つめ、ひとつ大きなため息をついた。 「ほんとレイさんは、最後まで……」 「では、行くぞ」  クリスが何かを言いたそうだったが、私はこの上ない程に大きく息を吸い込んだ。思いっきり大声で叫んだほうがきっとこの願いは届くはず、そう思ったからだ。私は未だに流れ続けている赤い流星をじっと見つめた。口を大きく開けた。これで全てが叶う―― 「俺は、ハートの剣士、サンダリアン!!」  突如、左手から大声が上がった。ぎょっとして溜め込んでいた息を全て鼻から吐き出してしまった。サンダリアンの声だ。 「ど、どうしたんだ、いきなり……」  私は目をこじ開け、サンダリアンの顔を覗き込んだ。するとそこには流星を見上げながら大粒の雫に溢れたサンダリアンの横顔があった。 「なぜ泣いている!?」  前触れもなく表情を一変させた彼へ目を丸くしながら尋ねた。 「れ、レイさん、俺、ハートの剣士、しっ、失格っす……」  声を震わせ、腕で顔を何度もぬぐいながら、そう答えた。 「またこれを言えば(こら)えられるって思ったんすよ……。何度もあれほど自分に言い聞かせたのに……。絶対泣かないって決めてたのに……。なのに……」  彼が何のことを言っているのか全く分からず、クリスとモルファーへ助け船を求めるように振り向いた。すると更に驚くこととなった。 「レイさん、はやく言わないとチキュウに戻れないですってぇ……。ありがとうって言うつもりだったのに……」 「……そうだ、はやくしないと、自分も持ちこたえられそうにない」  サンダリアンが移ったかのように、クリスはポロポロと丸い涙を青い瞳から流し出し顔を拭い、モルファーは硬直したまま天を見つめていたが、赤茶の瞳の中には今にも零れ落ちそうな憂いをたくさん貯め込んでいた。  私はそんな3人の様子を見て、府に落ちた。なぜ彼らが泣いているのかを。胸からぎゅっとした何かが込み上げてきて、目頭が熱くなり彼らの姿が少しだけ滲んだ。同時にこの状況が愉快に思え、3人に微笑み、また夜空へ視線を移した。 「いいか? 記憶石の流星へ伝える私の願いはこうだ」  3人は固唾を飲み、見守ってくれた。 「これからも君達3人が目指す生業で過ごせますように、だ」 「へ?」    サンダリアンが気の抜けたような声を出し、何が起こったか理解出来ないような表情で、鼻をすすりながら疑問符を投げかけてきた。 「私の願いは既に叶えてもらっている。君達にな。この世界へ来て、大好きなアートの底力も知れ、私は希望の仕事を得た。それは私の夢であり、願いだった。あの記憶石の流星があり、そして君達がいたからこそ叶った願いだ。それらを置いて地球へ戻るのは自分の願いに対する侮辱だからな! 」  私は口角を上げてカラッと笑った。3人はそれぞれ私を唖然と見つめ、立ち尽くしていた。すると傍でサンダリアンがまた声を詰まらせながら言った。 「れ、レイさん……。これは嬉し泣きなんす、だからっ……」 「ハートの剣士は、誰よりも心が温かい剣士だからな。これからももっと強くなれ!」 「うっす……!」  彼の肩に手を置いて言った。サンダリアンは垂れ目の目尻を更に落としながら、顔中に涙をはびこらせたまま、はにかみ、笑った。 「……けどっ、僕がこの流星群の事を伝えた時、レイさん、ここを出る、って言ってたじゃないですか!?」  クリスがわなわなと唇を震えながら、夜空の下で声を響かせた。 「何か勘違いしてないか? 私が出ると言ってたのは、クリスの家を出る、ということだ」 「はああああ!?!?」   クリスの絶叫に似た声が夜空へ響き渡った。何度もそのこだまが返ってくる。すると突然モルファーが至極愉快そうに笑い始めた。普段あまり見る事のない、腹を抱えるような姿だった。彼が頬を持ち上げる度に、その瞳の中から憂いは消え去り、傷だらけの頬へ幾度となく流れ落ちた。何度も愉快な声を上げながら私へ投げ掛けてきた。 「……なるほどな。そういうことだったか。てっきり3人ともレイ君に騙されていたわけか」 「騙してなんかはいないぞ。私はあの家を出るという事実を述べただけだ」  そう言った途端、クリスの表情に影が落ちたのが分かった。そんな彼を見て私は気を取り直すように言った。 「これから引っ越し準備もしないとな! なぁ、クリス!」  するとクリスが長らく秘めていた言葉を爆発させたかのように大声で吐き出した。 「レイさん、……もうどこにも行かないでください!」  未だに涙をいっぱいに貯めたその瞳は、まるで透き通った青いガラスのように美しかった。 「クリス、私はどこにも行った記憶はないぞ? それに私は一人で出る、と言ったか?」 「ど、どういうことですか……?」  クリスは溢れ出る雫を何度も袖でぬぐい、言葉を詰まらせながら言った。クリスはどうやら可愛い勘違いをしているらしい。   「君ももちろん一緒だ。大人の階段を登ってはいるが、クリスが構わないなら私はずっと傍にいる。何のためにあんな大きな4人用テーブルを買ったと思っているんだ? 私は最初からそのつもりだったぞ。それとも一人で暮らしたいなら……」 「嫌です!!」  クリスは私の言葉を遮り、きっぱりと言い放った。青い瞳からは今でも涙がこぼれ落ちていた。サンダリアンもモルファーもポロポロとまた水滴を落とし、そして笑っていた。皆、ぐしゃぐしゃな顔で満面の笑みだった。  私達は再び天を見上げた。流星群は数を減らし、終わりを告げようとしている。  あのいくつかの星々はこの地へ舞い落ち、また新たな記憶を司るのだろう。  今後も私達はその石に翻弄され、生きていくことになる。  それが例え困難な道でも、また切り抜け、笑って、前へ歩いて行く。  記憶石――、その石と共に日々をまた過ごしていくのだ。  彼らとこの場所で。  私は再び赤い閃光を見つめ、呟いた。  その奇跡の石に。  「ありがとう」 30678beb-d9c3-45bd-819b-0119024d5f08  最終章 「奇跡の可能性」  「異世界アーティシズム」完
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!