ネクタイのお礼は夜明けのコーヒー

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いつかの、声が蘇る。 あんな思いはもう、二度としたくない。 終業後、夜城課長と一緒に会社を出た。 「もう、予約取ってあるんだが、かまわなかったかな」 タクシーを呼び止めながら、言われた言葉に頷く。 並んで後部座席に座ったものの、なにを話していいのかわからない。 「今日も忙しかったね」 「そう、ですね」 私が気まずくならないでいいようにか、課長が適当な話をしてくれる。 「これから年末に向けて、さらに忙しくなるだろ。 ほんと、勘弁してほしい」 「そう、ですね」 同じ言葉を繰り返すしかできない、自分が情けない。 そうこうしているうちに、立派なお屋敷の前でタクシーは停まった。 「あの……」 「ただの料亭。 ほら、――」 課長が口にしたのは、接待で時々聞く名前だった。 よく見れば、控えめに看板が出ている。 「月橋に美味しいもの食べさせたくて」 先を歩く課長に着いていく。 案内されたお座敷で、向かい合って座った。 「あの、こんな高いところ、本当にいいんですか……?」
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