第28章 手詰まり

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いつもは飄々として明るい表情を浮かべてることの多いその顔に、普段は滅多に見ない苦渋の色が濃くなった。 「…実は、結局集落の存在を広く国民に周知するのはもう無しで、って決定が出た時点で。だったらせっかくの特殊なこの環境を、勿体ないからやっぱり何とかして有効活用しようと言い出した一派が国の中枢にいるんだ。何しろ戦後の一切の歴史を知らずに外部との交流もなく維持されてきた閉鎖空間なんて、今から作ろうと思っても絶対に不可能な貴重な存在なことだけは。確かに誰が考えても間違いないわけだしね」 「ああ…、そういえば。以前にもそういう主張をしてる勢力が少数ながらいるって言ってましたよね」 高橋くんの表情と台詞の内容の不穏さに虚を突かれて黙ってしまったわたしをよそに、すっかりこちらの会話に入り込んできてた神崎さんが傍で代わりに相槌を打つ。 「でも、どうせそこまで過激なことは出来ないからってあまり相手にされてないって話だったのに。やっぱり状況が変わると周りの受け取り方も変わる?」 高橋くんは重々しい表情のままごく僅かに頷いた。 「当面の間、つまり自分たちが現在のポジションにいる間は集落の存在を公にする予定がなくなったわけだし。そうかといってこれまで通りの支援物資の配給を断つこともできない。生計維持に必須なかなりの部分を倉庫から、つまり外から運び込まれてる物資に依存してるんだしね。過去私有財産だった頃みたいに持ち主の道楽でもないのに、国家の予算の中から相当の分をこの先もずっと充てざるを得ない」 「だから。…普通にあそこを解散してみんなを日本国に復帰させて。外との関わりで自由にお金を稼げるように、いや今すぐは無理でも。ゆくゆくは住民それぞれが自分で生計を立てられるように、早めに準備を進めた方が。長い目で見れば絶対にいいのに…」 思わず焦ったくなって声を上げた。いや何も、高橋くんが自分の考えでこれを言ってるとはもちろん微塵も考えてはいないんだけど。 案の定彼は深く頷いて、むしろ強くわたしに共感する様子でその意見に同意してみせた。 「俺もそう思う。根本的な解決を先延ばしにしていいことなんてひとつもないよ。いや、考えられるとしたら。今現在関係部署にいる現職の連中にとって、自分たちが直に面倒な処理を担当しなくて済むことかな…。後回しにすることで負債や面倒が雪だるま式に余計に増えていくとしても、それを押しつけられるのが自分たちじゃない限り知ったことじゃない。と開き直ったんだろうね、おそらく」 その解釈は悪意があり過ぎる。さすがに国ともあろうものがそこまで考えなしじゃないだろう、とかいう反論が全然出来なさそうなところがつらい…。 高橋くんは少し気を取り直したように冷静さを取り戻し、さっきに較べると感情を抑えた声で淡々とわたしに説明した。 「自分たちの安寧のために集落をそのまま凍結するって結論には達したけど、ただあそこを維持し続けるだけならそれはそれで経費が半端なくかかる。むしろさっさと開放して住民みんなを日本国民として適応させて、各々が普通に自活できるよう職業訓練した方が結局はトータルで見てかかりが少なくなると思うんだけどね」 税金だって、全員から徴収できるようになるまでは例えば十年とかでもきかないかもしれないけど。生活用品の全部を無償で提供し続けるよりは早くプラスに近づけるだろうにな。とごく真っ当な感想を呟く高橋くん。うん、わたしもそう思う。 「だから、集落を生産的な土地にするにはどう考えても普通の日本の領土と国民にするのが一番早道なんだろうけど。…そこを避けて、なおかつただ無駄に経費をかけるのは勿体ないって意見があるのがまた…。だから、何らかの方法でちょっとでも元を取ろうと陰でいろいろ画策してる気配があるんだよ。何より不穏なのはその点だな」 「…以前に言ってた。集落の住民を本人たちの承諾を得ずに密かに何かの実験に使ったりとか、世界のVIPをあの土地に呼び込んでみんなを玩具として提供しようって案?」 うっかり口にしてみたら胸が何ともざわざわしてきた。 高橋くんが以前、その話を教えてくれたときにはそんな極端な思いつきを主張してる連中もいるんだよ。さすがに少数派だしまあ常識で言って通らないとは思うけどね。と付け加えてた記憶があるけど。まさかそんな非人間的な発想が現実味を帯びてきた、ってこと? 高橋くんは頷くにも頷けない、といった様子で実に渋い顔色になった。 「…さすがに極限状態に置いて住民同士でデスゲームさせるとか、富裕層の客を招いて狩の獲物にするとか。いっぺんに人材を消費させるようなやり方は採用しないと思うけど…。何しろ今から到底意図しては作れないごく特殊な閉鎖環境ではあるからね。むしろ、その特性を活かしてなるべく長く続けられる利用方法が何かないかってことであれこれ検討してる最中らしい」 「ああ。…住人たちが自分たちの置かれてる状況を知らないシチュを維持したまま、本人たちに悟られないよう集落から何がしかの利益を回収していきたいってことか」
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