小山二葉

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小山二葉

3月5日。 桜が咲くにはまだ少し早い、肌寒い日。 卒業式。 私達の3年間紡いできた日々が、とうとう引き裂かれてしまった。 いつも隣には、沙良がいた。 出席番号も隣で、席も隣で。 二人とも進学して離れ離れになってしまうからと、沙良はとても悲しんでくれた。 「ずっと友達でいようね!」 どこかの少女漫画に出てくるような台詞に、可憐な白い肌。 思わず抱き寄せて、ふふ、と笑った。 沙良の顔が、夢にも見ていた輪郭が、なぞっていたものが、そこにある。 唇に触れたい。 明らかに内に存在する、その衝動に駆られながらも、抱きしめて離さなかった。 いつもの帰り道を、2人で踏みしめながら歩く。 この道を通ることも、川を眺めることも、橋を走って渡るのも、次はいつになるか分からない。 それを、沙良も分かっていた。 取り留めのない言葉をぽつり、ぽつりと口から零す。 どこからか、小鳥の鳴く声がする。 寂しいとは言わなかった。 沙良がいないなんて生きていけない。 また会おうねと、携帯で連絡取ろうねと、幾度も交わした約束。 それなのに、沙良を失うことが怖くて仕方ない。 寂しいと言ってしまったら、辛いと言ってしまったら。 私が今まで積み上げてきたものが、塵のように消え去ってしまう気がして。 触れないようにしてきた、色恋話に繋がらないかが不安で。 気付かれてしまったら、沙良はどう思うのかな。 気持ち悪いとか、そういうことを思うのだろうか。 もし。 好きと、言ってしまったら? 違う。 考えるの、やめよう。 もう、どうにもならないことなのだから。 考えたって無駄だ。 小鳥の鳴く声が止んだ。 桜の木が近くにあったけれど、花はまだ蕾のままで、満開には程遠い。 沙良は楽しそうに、もう着ない制服と歩かない道を純粋に満喫していた。 可愛い。 息を吸うように思う。 ふと、何かの本で読んだことを思い出した。 空知らぬ雨、空に知られぬ雪。 空知らぬ雨は空から降ったのではない雨のこと、つまり涙。 同様に、空に知られぬ雪は散る桜のこと。 知ったとき、率直に素敵だなぁと思ったのを覚えている。 何の本に書いてあったかは、もう忘れてしまったけれど。 「ねぇ沙良。空知らぬ雨って知ってる?」 「何それ、綺麗な響きだね!」 沙良は笑った。 「だよね。えっと、意味はね」 私は続けて、本に書いてあったことを話す。 途轍もない遠回しだけれど、思いを伝えたつもりだった。 届かないなんて、知っていたけれど。 それが、今できる、精一杯のことだった。
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