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来客
他所ではなかなかお目にかかることのない、大きな楠の一枚板。
「飯処 つづらや」と立派な彫り込みがなされたそれは、威厳を惜し気もなく放っている。
その所以はただ大きいだけにあらず、百と二十余年の歳月によって醸し出されているものである。
「ごめんくださーい」
幾年を経た引き戸はとっくに耄碌しており、開ける度にがらがらと喧しく騒ぐ。だが、同じく歳をとった店主にとって、それは程よい呼び鈴の役割を担っていた。
「ん。いらっしゃい」
玄関からは見えないところから、引き戸に負けず劣らずの嗄れた声が応える。
初めてここを訪れた客は、皆一様に困惑か後悔の色を滲ませる。
たまに現れる気弱な一人客の何人かは後退りをし、中にはそのまま踵を返した者までいた。
風変わりな招き猫は、それをずっと見守ってきた。時におかしみを覚え、時に自分の力不足に悩みながら。
しかし原因はひとえに、店主の角張った、愛想のない面構えのせいである。
俵 重彦、齢七十九。
「飯処 つづらや」の店主をあえて一言で表すならば、まさしく“頑固ジジイ”である。
「空いてんとこ好きに座ってくれ。今しぼりとひや持ってくからよ」
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