化ける

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「委員長の木村は化けたよな。あれ、整形?」 「化粧のせいじゃね?」  スーツを着ていても話す内容は中学生と変わらない。この場にいる全員が学校を卒業して社会人として働いている。ある者は大きな企業に勤め、ある者は家業を継いだ。結婚して子供がいる者もいる。5年ぶりの同窓会で酒を飲み、近況を話し合った。酒屋から帰る道でタクシーを捕まえようとしたが捕まらなかった。解散したときにはすっかり終電も出発した後だったが、「流しのタクシーでも捕まえればいいだろう」という意見に全員が流された。国道に立って全員が気がついたようだ。この道はタクシーが走らない。 「お前もしかして木村のこと好きだったんじゃねえの?」 「まさか、あんなガリ勉」  最寄り駅まで歩いていけば停留所にタクシーが停まっているだろうと俺が提案すると、ぞろぞろ歩き始めた。全員が酔っ払っていて、まともな判断能力がない。誰もスマホを出そうとしないので、最寄り駅がどこなのか、今どこに向かって歩いているかを把握していない。  何台も車が俺たちの脇を通っていった。木枯らしの吹く1月の空気は冷たいが、酔った身体には心地いいのだろう。大きな声で騒いだり、歌いだしたりする者もいる。  前回行われた同窓会で、こいつらの傍若無人ぶりに幹事が音を上げてしばらく次の会がなかった。店員の女の子に絡み、隣の客にちょっかいをかけ、終わり掛けに頼んだ料理はほとんど手を付けず、酒瓶をその辺に散らかして閉店時間が過ぎても居座ったので出禁になった。たちの悪いことに、こいつらはそれを反省するどころか武勇伝のように語っている。中学から進歩がないのだろう。  さすがに街灯が減り始めたことには気が付いたらしく、「おい、駅ってこっちか?」と誰かが不安そうな声を出した。「この道が近道なんだよ」と俺が答えると安心したのか、また中学時代の話を始めた。退屈な話だ。こいつらの話の半分は風俗かギャンブルで、もう半分は中学時代の武勇伝だ。  どれだけ自分がワルだったかを相手に話すことで留飲を下げている。何人と喧嘩して相手をぶちのめしただの、新任の教師をいびって辞めさせただの、その手の胸糞の悪くなる話ばかりだった。そうして話しているうちに「小林はさ」と俺のほうを見ながらにやにやしてひとりが言った。「ずっと引きこもってたんだろ」  今になって思い出したらしい。ずっとひきこもっていた同級生が突然幹事を引き受けて同窓会を開いた。あるいはずっと俺に絡むチャンスをうかがっていたのか。 「その間なにしてたわけ?」 「いろいろだよ。無職も結構いそがしい」と俺は答えた。 「洗濯したり、掃除したりか?」  いつの間にかにやにや笑いが他のやつらにも伝染したようだった。学生時代、暴虐の限りを尽くしたこいつらは、親や教師に目をつけられないギリギリのラインの遊びを常に探していた。体操着を絵の具まみれにしたり、掃除中に枯れ葉まみれにしたり、教師の目の届かない場所がその実験場だ。美術の時間に服についた、掃除の時間に汚した、という言い訳がギリギリ親に通るような被害に留める。そうしておいて相手が抵抗しないと分かれば、そいつをコントロール下に置いたと確信する。ここまで大丈夫なら次はもっと、その次はもっととエスカレートしていく。物心つかない子供が虫を無邪気に殺すのによく似ている。非力な自分でもより非力な虫ならその身体を損壊させることができる。触覚をむしり取り、足をもいで、どこまで動いていられるか確認する。その作業は単純な好奇心が原動力だ。自分がこの生き物にどれだけの影響力を与えることができるか、その確認でしかない。だから悪意はない。 「まあね。薬についてしらべたり、スクラップ工場を見つけたり」  いつの間にか俺は取り囲まれていた。その目はぎらぎらとした好奇心に支配されていた。こいつは今でも俺たちの思い通りになるのだろうか? どの程度中学時代の影響力が残っているのか? 「なにわけわかねえこと言ってんだよ、小林。お前が喋るとしらけるんだよ」  一人が俺の肩を突き飛ばそうとした。だが、その手は俺をよろけさせるどころか、俺のダッフルコートにふれることもなかった。虚しく手が宙を切ったことに驚いているのは相手のほうだ。 「効いてきたみたいだね。服薬から30分たったから」  俺がそう言うと、俺以外のやつらがつぎつぎとその場で崩れ落ちた。 「動けないでしょ? かなり盛ったからたぶん昼頃まで動けないんじゃないかな」  筋肉が動かないので、ほとんど喋れないようだったが、どうするつもりだ、というようなことを聞いたのだと思う。俺はそいつらをスマホのカメラで撮影していた。 「このあたりに知り合いのスクラップ工場があってね、お金を払えばなんでもスクラップにしてくれる。車でもなんでもね。今から君たちはそこに行くんだ」  俺の言っていることが理解できていないのだろう。全員がぽかんとしていた。でも、それじゃあつまらないのでもう少し説明してやることにする。 「筋書きはこうだよ。君たちは同窓会の帰り、酔っ払ってそのスクラップ工場に勝手に入り込み、二次会をした。そのうち脱法ドラッグを服用して全員が昏睡した。そのスクラップ工場は朝が早くてね。7時には電源を入れて機械が動き出す。それで君たちはぺしゃんこってわけ。自業自得だ」  俺はそいつらの顔をスマホで撮影した。リアクションを撮っておきたかったからだ。全員がなにか抗議の声を上げて騒ごうとしていたが、身体の自由が効かない。筋肉に力が入らない。怒りが次第に恐怖と絶望に変わっていく。その様子をすべて収めた。  最後の一人を廃車の後部座席に詰め込んだとき、さすがに身体が悲鳴を上げていたので少し休憩する必要があった。泥酔に必要な量のウィスキーを全員に飲ませて、後部座席に適当にウィスキー瓶を転がしておいた。酒盛りの偽装工作だ。俺は酒瓶の一つを手にとってキャップを外し、持ってきていた紙コップのひとつに入れて飲んだ。仕事終わりの一杯だ。最後の一人はまだ意識があるらしく、もごもごと喋っている。  こちらも暇だったので少し相手をしてやろうという気になった。どうやら命乞いをしているらしい。すまなかった、許してくれ、俺はほかのやつらの命令を聞いてただけで小林をいじめるつもりはなかった、などなど。 「そうか。君は後悔しているんだね。それなら謝る必要はないよ」と俺は肩をすくめながら言った。するとそいつは一瞬自分が助かるかもれないという希望を見出したらしく、表情がぱっと明るくなった。だが、残念ながらこの場にいる誰一人として命を助けるつもりはない。 「小林は死んだ。でも、君たちはそれも知らないでしょ?」  すると、そいつは驚いたようだった。同窓会に出席した全員が知ってるはずもない。幹事が死んでるなんて誰も思いつかなかっただろう。 「随分前に小林の家族は引っ越したし、小林は誰とも連絡をとってなかったからね」  すると、言葉にならないが、表情でわかる。じゃあ、お前は誰だ? 当然それが気になったはずだ。 「小林が化けて出た、と思った? 残念ながら俺は幽霊なんかじゃないよ。しかし、誰もまともに小林の顔を覚えていないとはね。おかげで仕事がはかどったけど。俺はただ頼まれたんだ」  小林の親にか? と今度ははっきりと尋ねてきた。そういえば、こいつも今は人の親だったような気がするが、もしかしたら気の所為かもしれない。 「まさか。小林の親は善人だよ。今は田舎に引っ込んで静かに暮らしてる。こんな非道なことは考えついても実行はしないだろうね。根っからの善人なんだから。俺は殺し屋でね、依頼があれば金で人を殺す。残念だけど、依頼主のことは実はよく知らないんだ。そういう契約になってる。もし俺が捕まっても依頼主のことは何も知らないわけだから依頼主にとっては安全だし、俺としてもそのほうがやりやすい」  俺はそこまで言ってからまた少し紙コップに入ったウィスキーを舐めた。喉に熱いウィスキーが通っていくのがわかる。 「謝る必要はない、って言ったけど、それは本当だよ。俺も馬鹿じゃない。依頼主がどんな人間なのか、ときどきは考える。今までの依頼の傾向からして、ターゲットは何かしら悪事を働いた人間だ。たぶんだけど、依頼主はそういう人間のクズに自分がどの程度影響を与えることができるのか試してるんだ。だから君たちの反応を撮影した動画を喜んで買う。それに俺自身もこの仕事が好きだ」  少し話しすぎたかもしれない。もう休憩は十分だ。俺は立ち上がって車から降りた。振り返ると、男が呆然とした表情でこちらを見ている。俺は安心してもらうために笑いかける。 「わかった? だから俺はどちらかと言うと君たちと同じ側なんだ。そういうわけで、君は謝る必要がない」  それじゃあ、おやすみ、と言って俺は車のドアを閉め、スクラップ工場を後にした。あいつらが見つかるのは1週間後か、それとも1ヶ月後か。紙コップを手で握り潰してコンビニのゴミ箱に捨てる。携帯から動画をアップロードして仕事が完了したことを依頼主に知らせる。履歴が残らない特殊なアプリを経由している。それからあいつらの動画は綺麗サッパリ消してしまう。報酬が入ればしばらくはのんびりできるだろう。もちろん、次の依頼が入るまでの間の話だが。 了
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