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希望の雨
あれから10年ほど経った。卒業後、私のスマホからりりちゃんのSNSのアカウントが消えた。同級生曰く、成人式にも来ておらず、誰も彼女の連絡先を持っていないため今どこにいるのか、何をしているのかもわからないという。
それでも私は、雨が降る度にあの日の悲しい記憶を思い出す。あの時何をすれば正解だったのか、10年くらい経った今でもわからない。りりちゃん、元気にしているだろうか?私は答えを求めるように、雨の中で彼女の姿を探していた。
またある日の夕方。仕事から帰っていると、急な夕立に襲われた。予想外の雨のため傘を持っておらず、私は鞄を頭に乗せながら走った。
踏切に差し迫ったあたりで、私は思わず立ち止まった。反対側から見覚えのある女性が向かってきていた。艶のある綺麗な髪に、明るい笑顔。もうすっかり大人の女性になって、より一層美人に成長したけれど、あどけない笑顔は彼女に間違いない。りりちゃんだ。
彼女の横には小さな女の子と、谷川くんではない男性もいた。3人は楽しそうに話している。胸に熱く込み上げるものがあった。あの日の思い出と重なり、私は気付けば口を開いていた。
「りりちゃん!」
――カーンカーンカーン……
しかし、私の叫びは雨と踏切の音にかき消された。私とりりちゃんの間に遮断機が下りる。声は届かず、りりちゃん達は路面電車の乗り場に向かっていった。
年季の入った電車が姿を現し、りりちゃん一家はそれに乗った。子供が転ばないように、りりちゃんが手を繋ぎながら。
そしてりりちゃん達を乗せた電車は、またベルを鳴らして発車した。雨の音にも勝る、懐かしい音を立てて走っていく。電車の姿が遠ざかると、またいつものように遮断機が上がった。
雨に1人濡れる私。でも不思議と悲しくはない。ただただほっとしていた。
可愛い子供と、優しそうな旦那さん。知らない間に1人の男性と出会い恋人になり、妻になり、そして母になっていた。彼女があれからどんな日々を過ごしてきたかはわからないけど、今きっと幸せなんだろうなって伝わった。久しぶりに見た彼女は、今まで出会ったどんな人よりも美しかった。
今日の私の声は届かなかったけど、それでいい。彼女はもう、雨の日だって傘を差して歩いて行ける。傘を差してくれる人がいる。
幸せになってね、りりちゃん。私はそう願いながら、再び1歩を踏み出した。
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