帰省

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 12月30日、隆也(たかや)は東京から中央線で実家に向かっていた。高校を卒業して以降、東京で暮らし始めた。東京の大学に進み、東京の会社に就職して、豊かさを手に入れるためだ。そんな目標を達成した今では、順調に成績を上げている。最近では恋人もでき、これからの未来も見えてきた。  だが、見えてきた所で起こったのが、新型コロナウィルスの流行だった。2019年の暮れに中国の武漢で発生した新型コロナウィルスは、あっという間に日本でも流行り出し、そのためにイベントの中止が相次いでいた。お盆や年末年始などの帰省にも影響が出て、帰らない人も出た。どれもこれも、蔓延防止のためだ。新型コロナウィルスの感染拡大を防止するためとはいえ、全く会えないのは寂しい。やはり、みんなで年末年始を迎えたい。  やがて、新型コロナウィルスのワクチンができ、接種は始まったものの、新型コロナウィルスは変異を繰り返し、そのたびに新しくワクチンができる。まるでいたちごっこのようだった。いつまでこんな状況が続くんだろう。ひょっとして、人間は新型コロナウィルスに敗れてしまうのでは? 人々の間で不安がよぎった。  2020年に開催される予定だった東京五輪もそうだ。新型コロナウィルスのせいで1年延び、行われたとしても反対運動が起きたという。やっと行われた開会式や閉会式は無観客、会場に入れるのは関係者のみ、選手村などは隔離されるなど、ただ事じゃない雰囲気が漂っていた。だけどそんな中で、日本代表が数多くの金メダルを取れたのが幸いだった。  高尾を過ぎると、山間部に入った景色も、塩尻に入ると徐々に都会っぽくなってきた。目的地の松本はまだまだ先だ。だが、山間部の風景を見ると、やっと帰ってこれた気になれる。この日を待っていた。そう思うと、気持ちが高ぶってくる。いつもの帰省では全く感じないのに、どうしてだろう。やはり、久しぶりに帰れるからだろうか? 「懐かしいなー」  電車は松本に着いた。これが故郷の風景なんだ。この景色を待っていた。この空気を待っていた。やはり故郷は落ち着くもんだ。  松本駅を出ると、そこには両親がいる。隆也の帰りを待ってたようだ。マスクを着けているけど、笑みを浮かべているだろうと気持ちでわかる。 「ただいまー」  隆也は手を振った。すると、母も手を振った。 「おかえりー、久しぶりだね。元気にしてた?」 「うん」  隆也と母は父の運転する車に乗った。この車に乗るのも久しぶりだ。何もかもが懐かしい。 「おととしも去年も帰れなかったね」 「全く会えなくて寂しかったよ」  3人は、コロナ禍で全く会えなかった日々を思い出した。あの時は辛かった。帰りたいのに帰れない辛さがにじんでくる。新型コロナウィルスのワクチンを打っても、変異が発生して終わりがないんじゃないか、もう会えないんじゃないかと思っていた事もある。だけど、こうしてまた帰省する事ができた。やっと元の日常が戻ってきて、本当に嬉しい。 「だけど、やっと元の日常が戻って来た」 「本当に嬉しいね」  3人は実家に着いた。隆也はほっとした。やっと帰ってこれた。やっぱり故郷はいいもんだ。 「はぁ・・・」  3人は家に入った。隆也は大きく息を吸い込んだ。これが実家の香りだ。 「おかえり、ゆっくり休んでいいんだよ」 「ありがとう」  隆也は2階の自分の部屋に向かった。高校を卒業して、上京して以降、いつ帰ってもいいように掃除はしてあるらしい。  隆也は自分の部屋に入った。あの時と一緒だ。懐かしいな。隆也は荷物を置き、コートを脱ぐと、ベッドに横になった。このベッドに横になるのも久しぶりだ。このふわふわ感がこのベッドだ。  と、誰かがノックをした。 「入るよ」 「うん」  入って来たのは母だ。母は掃除道具を持っている。まだ大掃除が終わっていないようだ。 「掃除するね」  そして母は、部屋の大掃除を始めた。東京にいる時は、掃除も全部1人でやっている。だけど実家では母が全部やっている。実家って、いいもんだな。 「一人暮らしは自分で掃除してて、大変でしょ?」 「うん」  隆也は仰向けになった。実家の天井は、いつ来ても懐かしい。懐かしい物を見ると、なぜかほころんでしまう。どうしてだろう。 「こうしてくつろげるって、いいよな」 「そうでしょ」  母は笑みを浮かべた。 「久しぶりに帰ってこれて、嬉しいよ」 「私も、久しぶりに隆也の姿が見れて、嬉しいわ」  久しぶりに隆也が帰ってきて、母は嬉しそうだ。会えない日々が続いていたけど、こうして会う事ができた。コロナ禍は必ず終わる。そう信じていてよかった。  それからどれぐらい寝たんだろう。目を覚ますと、もう夕方だ。こんなに寝てしまうとは。東京での生活で疲れがたまっていたんだろう。ここでしっかりと休息をとって、来年からの仕事を頑張ろう。 「隆也ー、ごはんよー」 「はーい!」  その声で、隆也は1階に向かった。ダイニングからは、夕食のにおいがする。今日はすき焼きのようだ。とても嬉しいな。  ダイニングに入ると、すき焼きができていた。予想通り、すき焼きのようだ。家族ですき焼きを食べるのも、久しぶりだ。 「今日はすき焼きよー!」 「嬉しいなー」  椅子に座ると、隆也は卵をとき始めた。 「いただきまーす!」  隆也はすき焼きを食べ始めた。やっぱり実家のすき焼きは最高においしい。両親と一緒に食べるからだろうか? 「やっぱここで食べるすき焼きは、最高にうまいなー」 「でしょ?」 「うん」  両親もすき焼きを食べ始めた。2人で食べる時は寂しく感じる。だけど、みんなが揃うと、こんなに楽しい。 「みんなで食べるって、嬉しいだろ?」 「嬉しい!」  母はほっとした。やっとこの時を再び迎える事が出来たからだ。 「やっといつもの年末年始が戻って来たんだね」 「コロナ禍でどうなるんだろうって不安だったけど」  両親は2019年の年末の頃を思い出した。武漢で新型コロナウィルスが発生して、徐々に国外に広まっていくニュースだ。その時は、日本でも流行り出すと思っていなかった。そして、それから4年間も隆也が帰れなくなるとは思っていなかった。 「うん。もうこんな年末年始、来ないんだろうかと思ってたけど、信じててよかった」 「本当に良かったね」 「うん。ワクチン出来て変異種が出て、いたちごっこのようで、終わりがないんじゃないかと思ったよ」  母は笑みを浮かべた。もうこんな年末年始は来ないんじゃないかと思った。だけど、再びみんなで過ごす年末年始を迎える事ができた。これがこの家の恒例行事だ。 「私も不安になったけど、やっぱりみんなに会えるのがどれほど嬉しいか」 「そうね」  母は東京五輪を思い出した。東京五輪はよくテレビで見ていた。無観客の開会式も、閉会式も見た。だけど、何か物足りなさを感じた。華やかさが足りない。これが有観客と無観客の違いだろうか? いずれにしろ、寂しい開会式と閉会式だった。だけど、どの競技も興奮したし、メダルと獲得した、メダルが確定した時には本当に嬉しかった。 「東京五輪、行われてよかったね。1年遅れでどうなるだろうと思ったけど」 「うん」  隆也もその開会式と閉会式を見ていた。隆也も寂しさを感じていた。そして、新型コロナウィルスを恨んでいた。新型コロナウィルスさえなかったら、普通の日常が続いていたのに。予定通りに東京五輪が、満員の国立競技場で開会式や閉会式が行われたのに。そんな開会式や閉会式が見たかったな。だけど、これは人間への試練なんだ。試練を乗り越えて子ど、人間は強くなれるんだ。 「だけど、無観客での開会式も閉会式も、寂しいもんだね」 「確かに」  隆也はリオ五輪を思い出した。あんなに華やかだったのに、どうして東京はこんなに寂しかったんだろう。 「リオ五輪は華やかだったのに」 「どうしてこんな世の中になったんだろう」  隆也は悔しがった。人間は何も悪い事はしていない。普通に暮らしていただけなのに。どうして新型コロナウィルスで苦しまなければならないんだろう。ひどすぎるよ。 「これが人間への試練なんだよ」 「そうかな?」  隆也は箸が止まってしまった。その様子を、両親が心配そうに見ている。 「まぁ、深い事を考えずに、食べようよ!」 「そうだね!」  隆也は再び楽しそうに食べ始めた。もう終わった事なんだ。これからきっと明るい世界になっていくはずだ。過去のつらい日々を考えずに、今を生きよう。  翌日、今日は大晦日だ。こうしてここで大晦日を迎えるのも、3年ぶりだ。目が覚めるとここが故郷。それだけで心がほっとする。コロナ禍だったころは、夢の中でしか見れなかった故郷。今では夢でなく、現実で見る事ができる。 「おはよう」  ドアを開けて、母が入ってきた。母はエプロンを付けている。朝食を作っているんだろう。 「今日は大みそかだね」 「うん」  起きた隆也は、カーテンを開けて空を見た。東京とは違い、山がはっきりを大きく見える。これが故郷だ。 「いよいよ今日は紅白歌合戦だね」 「うん」  隆也は紅白歌合戦を楽しみにしていた。毎年、大晦日の夜に見ているが、今年はみんなで見れる。本当に嬉しい。 「おととしと去年は1人だったけど、今年はみんなで見るんだね」 「それだけでも楽しいね」 「うん」  隆也は故郷の風景にしばらく見入っていた。これを見れるだけでなぜか嬉しい。久しぶりに帰ってこれたからだろう。 「こうして帰れる場所があるって、嬉しいよね」 「うん」  2人は、再び2人で年末年始を迎えられる喜びをかみしめていた。  その夜、いよいよ紅白歌合戦が始まった。今年も様々な歌手が紅組と白組に分かれて歌い合っている。毎年おなじみの光景だが、いつもと違うように思える。出演者が変わっただけではない。家族そろって見られるからだろうか? 「さて、いよいよ紅白歌合戦だね」 「うん」  2人は紅白に出場する歌手の歌に見入っていた。やはり紅白歌合戦は家族みんなで見るのが最高に素晴らしい。 「やっぱりみんなで見る紅白は素晴らしいね」 「確かに」  あっという間に時間は過ぎ、結果発表だ。今年はどっちが勝つんだろう。全くわからない。 「さて、今年はどっちが勝つかな?」  放送終了直前、結果が明らかになった。白組が勝ったようだ。 「白か!」  そして、会場に『蛍の光』が流れた。いよいよ2023年が近づいてきた。来年はどんな年になるんだろう。復興の1年にしたいな。 「ほーたーるのーひーかーりー、まーどーのーゆーきー」 「いよいよ来年が迫って来たね」 「うん」  そして、紅白歌合戦は終わった。ここからはカウントダウンライブの中継で新年を祝う。これもコロナ前の光景だ。3年ぶりに一緒に見れる。一緒に新年を迎えられる。  徐々に新年が迫ってきた。すでに会場ではカウントダウンが始まっているようだ。 「3,2,1,0!」  そして2023年が幕を開けた。 「新年おめでとうー!」 「あけましておめでとうございます」 「おめでとうございます」  3人とも、新年が明けたのを祝っていた。おととしと去年は翌朝、電話で祝ったけど、その場ですぐに祝える。やっぱり一緒に年末年始を過ごせるのはいいものだ。 「今年もよろしくお願いします」 「よろしくお願いします」  2023年はどんな1年になるんだろう。それは全くわからないけど、コロナ禍からの復興に向かっていく1年になってほしいな。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!