助手席の狸

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雨が降っていた。 狸は体からどんどんと体温が奪われ行くのをただ感じるしかなかった。 人間達が作った道を横切ろうとしたところで、強い光に目がくらんだ。 宙を飛んだと思った次の瞬間、固い地面に叩きつけられていた。 痛みに息が止まる。 轟音が横を走り去って、あたりは静寂を取り戻した。 暫くして雨の音の中に、微かに異音が混じる。 体に振動が響く。 また、あの鉄の塊に弾き飛ばされたら今度こそ終わりだろう。 覚悟を決めて目を閉じる。 けれど予想した痛みも衝撃も訪れなかった。 轟音は近くまで来て消えて、何かを叩きつける音と、近づく足音。 気付くと柔らかくて温かいものに包まれていた。 安堵からか、そこで狸の意識は途切れた。 * 目を覚ますと、人間がいた。人間の男だ。 とっさに身を起こそうとすると、足に痛みが走りうずくまった。 唸り声で威嚇する。 男はそんな自分に構わず近寄って覗き込んできた。 「おお! 唸るぐらい元気になったじゃねえか。よかった、よかった」 そう言って、口元から煙を吐き出した。 のちにそれは「煙草」というものだと知る。 「一週間もすりゃあ怪我は治るって獣医は言ってたから、そしたら山に放すかなあ。怪我した狸は保護センターも担当外だっつうし。治療費自腹は痛かったな」 男は独り言のように言いながら、背を向けた。 どうやら自分はこの男に命を助けられたらしい。 意を決する。 周りを見回して、適当なものがないかと探す。 自分の寝床の中に敷かれているハンカチを咥えて頭に乗せた。 ポン! 「この度は、命を助けていただきありがとうございます。いろいろとお世話になりました分、恩返しさせていただきます」 そういって、狸は深々と頭を下げた。 男が振り向いてこっちを見た。 驚いて、口元から煙草が落ちる。 「タカシ?」 「あ、すみません。おそらく変身に使った物の影響と、見る人間が安心できる者の姿形をとっております。自分ではどのような姿かわからないのですが。ぼくはあなたに助けられた狸です」 「あ、え、狸?」 「狸なので、化けるのです」 「は…狸なのか、お前。タカシそっくりだ」 そう言って、そっと頬に触れる。 「すみません。支障があれば他の者に形を変えますが」 「あ、いやいい」 「これお返ししますね」 狸は頭の上からハンカチをとって畳んで男に返した。 男はそれを目を細めて眺め、「そうか、これタカシのだったな」と言いポケットにしまった。 ふと食器棚のガラスに映った自分の姿を見ると、少年の姿をしていた。
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