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雨上がりのその時間、夕方前のその時刻。 心陽は鹿屋を乗せて高速を走っていた。 朝が早かったから、終わりもこれくらいで済んだけれど。 これが昼スタートなら夜までかかって帰りは暗かっただろうなと思う。 西日が強くなる前で良かった走りやすい。 鹿屋はいつものように助手席でパソコンを開いて作業していて。 心陽は前との車間距離を気にしながら走っていた。 (……あっ) それは唐突に現れた。 今まで山で少し隠れていた視界がひらけたとたん。 濃い虹だった。 大きくて、アーチがくっきり綺麗だ。 「鹿屋さん、虹ですっ」 自分でも驚く程はっきり声を出していた。 だって都会では滅多に見られない虹だったから。 顔を上げた鹿屋を感じて、心陽ははっとした。 虹ごときで手を止めてしまった。 「……あぁ、デカいな」 「っ、はいっ、大きいです」 綺麗ですよね?凄いですよね? そんな言葉を続けられたらよかったけれど。 「……」 「……」 鹿屋が動いた。 パソコンを閉じて、身体をひねって後部座席に乗り出している。 鞄を開ける音と、戻ってきた身体。 前しか見られない心陽の横でシャッター音がした。 凄く軽い綺麗な音だと思った。 「……、あの、」 「うん?」 「左のポケットに、わ、私のスマホがあるんですけど……あの、撮ってもらえませんか?」 カメラマンに携帯電話のカメラで写真を撮れなんて失礼だろうか? でも、心陽もその写真が欲しかった。 誰かと、鹿屋と同じ空間で同じ虹を綺麗だと、大きいと話せた記念。 自分から、見てと言えた記念に。 「……後で送る、カメラで撮ったデータ」 「え……プロの人の……」 「うん?運転手特権で、送るよ」 「ありがとうございますっ」 嬉しい。 嬉しい。 鹿屋はカメラを元に戻すと、またパソコンを開いてもういつも通りだったけれど。 心陽の心はいつまでもふわふわと浮き上がっていた。 そわそわ、ソワソワ。 鹿屋を送り届けたら、部屋でずっと携帯電話を手に持って待っていた。 鹿屋だって忙しいのだから、心陽との約束を覚えていてくれても、送るのは本業が終わってからだと思う。 でも待ち遠しくて、届いたらすぐ見たくて。 外から戻ったら必ず浴びるシャワーも後回しで待っていた。 ピロン。 その通知音は夕方。 「……凄い」 きっと心陽のカメラ機能では絶対撮れない鮮明な虹が届いた。 夕方間近の淡い空も、虹も。 どちらも損なわれていない。 メッセージも何もつけられていないその写真は心陽の宝物になった。 機械に疎い心陽が、この先もこの写真を持ち続けるのにはどうすればいいのかと考えるほど。 大切な物になった。
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