オファー

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成宮 (なりみや) 心陽(こはる)は困惑していた。 ほんの小一時間前の自分の行動を後悔すらしていた。 背後にある大きな窓には大粒の雨粒が激しく打ち付けられていて。 時々遠くで鳴っている雷鳴の音も相まって、より心陽の心をざわつかせている。 「どうかなぁ、成宮さん職探ししてるって言ってたじゃない?」 小さなビルの一室。 白で統一されたその室内には初めて入った。 「はい、確かに今無職......です」 ポソポソと返事を返した心陽は、これまた白いテーブルに男性二人と向かい合って座っていた。 一人はよく見知った顔で、もう一人は初めて会う男だ。 心陽は今日、珍しく少しだけ遠出をして買い物に出かけた。 昼過ぎに家を出たのだが、その頃にはもう空はどんよりと曇っていた。 だから何時もとは違い、電車ではなく車を使ったのだ。 ベージュの軽のオートマ車は、車が無ければ生活出来ない田舎からそのまま持ってきた物で。 一台分の駐車場代も高額なこの都会には本来無くてもいい物だったけれど。 維持費も、廃車にするにも金がかかると言われてそのまま乗って来た。 久しぶりの運転だった。 今は無職だけれど、前職では電車通勤だったし本当に久しぶりで。 田舎とは交通量も違うから、心陽は物凄く緊張した。 買い物の目的がランドリーバスケットだったから、雨が降ったら持って帰るのが億劫だと思ったのだ。 でも別に今日じゃなくてもよかったと、帰りに店から出て雨が降り出したのを見て後悔した。 土砂降り。 稲光まで見えてため息をついた。 前職は工場勤務で、それこそほぼ人とは話さない毎日だった。 それを辞めて二ヶ月と少し。 心陽が会話をするのは住んでいる部屋の大家と、ドアが真向かいのお隣さんだけだ。 そろそろ就職活動し無きゃとか、あまりに引きこもりすぎてるなとか。 そんな自覚があったから今日、あえてネットではなく自分で買い物に出かけたのだけれど。 (......やめとけばよかったな) 両手でかかえたラズベリー色のバスケットを抱き直して車まで走る。 後部座席にそれを押し込んで、心陽は急いで運転席に乗り込んだ。 粒の大きな雨粒は、数メートルで心陽の髪を濡らし。 夏場の薄着のシャツを重くした。 気分転換にご飯は外食にしようかと思っていたけれど、これは無理だな。 空調の効いた店で過ごしたら、絶対風邪を引く。 仕方ない、帰って昨日の残りのシチューを食べようと心陽はアクセルを踏み込んだ。
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