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ビアトリスが車で城に戻る頃には、すっかりと女王の覇気は薄らぎ、いつもの幼い少女らしい風情に戻っていた。
女には何個も顔がある。メルヴィンも聞いたことがあったが、まさかビアトリスもそうとは思ってもいなかった。
「ねえ、メルヴィン。今日はありがとう」
「いえ陛下。任務ですから」
「ええ、あなたはいつもそうね。そんなあなたにお礼なのだけれど」
そう言って、彼女は包みを取り出した。
そういえば彼女は料理部でお菓子を焼いていた。生地の一部は毒見したが問題はなかったはずだとメルヴィンは振り返る。
ビアトリスは学校が支給してくれた袋に入れたビスケットを差し出した。
「他の【番犬】には内緒よ。ねえ、今後もよろしく」
「……陛下。それは自分以外にしたほうがよろしいのではないかと」
「だって。私のあげたい人たちはもうメルヴィン以外いないんですもの」
その言葉に、メルヴィンは押し黙った。
ビアトリスは婚約者を決める前に両親を失ってしまったのだから、色恋すら今は縁遠い。そうなったら、ペットにご褒美をやるくらいしかやることがないのだろう。
メルヴィンはビアトリスに「あーんして」と言われるままにビスケットを齧った。
バターと小麦粉とビアトリスの優しい味がした。
<了>
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