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「私の彼、ダメ男なんだよね…」
大学で一番の親友の美香がストローでアイスコーヒーを一口飲んでつぶやいた。
ダメ男とは一体どんな男を指すのだろう。働かないとか浮気をする、とか私の頭の中で様々なダメ男ジャンルが駆け巡る。
「普段は優しいんだけど、キレると手が出るの。ほらここ、見て。」
先週SNIDELで買った薄いベージュニットの袖を捲りあげると白い腕に直径五センチ位の青黒い痣が広がっていた。
「うわあ……痛そう……」
私は思わず声を上げた。DV男は私の中でキングオブダメ男だ。
「もう痛くはないんだけど、ね。」
美香はそっと袖をもとに戻した。
「別れちゃいなよ、そんな男。」
「うーん。彼セフィロスに似ててイケメンだし、それに悪い人じゃないんだよね、キレなきゃ優しいし」
「セフィロスってゲームの?大体本当に悪い人は指名手配されてるか捕まって刑務所にいるって」
私の的確なツッコミにアイスコーヒーを吹き出しかける美香。茶色い巻き毛がキラキラ揺れてしてテーブルにつきそうになる。
「まりえってたまに面白いよね。ねね、今から時間ある? 彼のバイト先に行ってみない?」
紙ナプキンで口もとを押さえて離す。ピンク色に塗られたリップの隙間から整然と並んだ白い歯が覗いた。
「バイト先?ここから近いの?」
「歌舞伎町。ホストクラブ」
「ホストクラブ!?」
私は驚いて声を上げた。
「ホストって……良く行くの?すっごく高いんじゃない?」
「彼の店は行ったことないけどたまに初回は行くよ。飲み放題で二時間千円くらい。居酒屋よりむしろ安いよ」
ジルスチュアートの手鏡を取り出し、前髪を直しながらそんな事をいう。
「悪いけど、明日一限あるから店には行けないかな……」
なんとなく怖い気がしてやんわりと断る。
「えー、じゃあさ、歌舞伎町まで一緒に行こうよ。彼をまりえに紹介したいし」
一万五千円かけてマツエクしたぱっちりお目々に見つめられる。
「まあ……それくらいなら……」
好奇心がムクムクと頭を出し、ついOKしてしまう。可愛い美香のDV彼を見てみたい。
「じゃあ決まりね! 早速いこ!」
ラインストーンが沢山乗ったピンクの爪先で器用にトレイを手早く私の分まで片付ける。
「ありがとうございました」
「ごちそうさまです」
セリーヌのショルダーを肩にかけ、ドトールの出口に向かう美香は飲み会に行く時よりずっと嬉しそうだった。
五反田駅から山手線で新宿に向かい東口で降り、まっすぐ西武新宿方向に歩く。
「お姉さん達お仕事探してないですか?」
「探してないです〜!」
バレンシアガのパーカーを着たスカウトを歩きながら断る。
「もう少しだからちょっと待ってね」
そう言って美香はピンクのケースに入れたiPhoneを取り出しラインを開いた。
「迎えに来てくれるって!」
白い肌に上気した頬が可愛い。
「そう、良かったね。ちょっとしたら私は帰るよ」
話しかけてくるスカウトにチラチラ見てくるおじに、私はいささかウンザリ
していた。
「お姉さん達、初回どう?」
グッチのキャップを被ったキャッチが話しかけてきた。なんとなくチワワに似てる。
「うちらもうお店決まってるんで~」
慣れた感じで美香があしらう。
「そっか、残念。じゃあさ、ライン教えてよ。俺まだこの辺いるから二軒目とか紹介するし」
笑いながら、でもグイグイと攻めてくるチワワ。
「えー、じゃあラインだけ」
美香がQRコードを画面に表示させると、チワワはそれを素早く読み取った。
「美香ちゃんね。後でラインするね!」
チワワは手を振って去っていった。
「あの人イケメンだったね」
美香が嬉しそうにいう。
「あー、可愛い系? 犬っぽい感じで」
「えー、志尊淳に似てない?」
確かに、と答えかけたところで
「お待たせ」
振り返ると身長百八十センチ位あるスーツ姿の男が立っていた。
「楓遅いよー! 色々話しかけられたし。でもあげたネクタイつけてくれたんだね」
嬉しそうに文句をいう美香。これがあの痣をつけたDV男か。オレンジ色のネクタイにはよく見ると小さくHermesとロゴが入っている。
「店抜けられなくてさ、友達も飲んでくの?」
楓、と呼ばれたDV男は私の方に目を向ける。肩まである茶色い髪と彫りの深い顔。さっきのキャッチがチワワならDV男はゴールデンレトリバーだ。
「いえ……私は……」
「初回安いしイケメンいっぱいいるよ」
「そうだよ〜まりえ、いこうよ―」
DV男の腕に絡みつきながら美香がはしゃいでる。
「また今度、ね」
バイバイ、と手を振り足早にその場を離れた。
きっと美香はこれからあのDV男にお金を巻き上げられてしまうんだろう。暴力を振るってお金もかかって、何が良いんだろう。
逃げるように歩いて来たので道を間違えてしまったようだ。気がつくと駅ではなく高架下のペットショップ前に来ていた。どういう層が買うのか、猫や犬が手書きの値札がついたゲージに入れられて売られている。
その中で、子犬というには育ち過ぎた黒い柴犬と目が合った。
(クロに似てる……)
その犬の顔は、昔飼っていた柴犬に似ていた。
(クロ、テンション上がると良く噛みついてきて、でもその後バツが悪そうに噛んだ場所舐めてくるんだよね……可愛いかったなあ……)
「お姉さん、良かったらゲージから出して触れるよ」
あまりにじっと見すぎていたのか店主らしきおじいちゃんに話しかけられてしまった。
「いいえ、うちペット不可なので……」
気まずくて足早にその場を去り、今度は真っ直ぐ駅に向かう。
東京はペットを買うにもお金がかかる。
ふと、美香の気持ちが分かった様な気がした。
(多少怪我をしても好きだから許すって、ホストも犬も似たようなものなのかもしれない)
ピロン。
ラインが鳴る。美香からだ。
『キャッチとライン交換していたの見られたらしくて、噛まれた。』
白い肩に赤い歯型がついた画像が送られてきた。
『え、なにそのプレイ』
私の返信に既読がつく。
『プレイ……確かにw』
なんだかんだ美香は楽しそうだ。ダメ男も美しければ犬として需要があるのかもしれない。
「犬系イケメン……イヌメン……」
なんとなく独り言を呟き、私は改札を通った。
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