午前5時

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午前5時

 夜明け前の静寂を切り裂いたのは、モクモクと湯気を放ち流れ落ちるシャワーの音だった。十二月の早朝、底冷えした身体と浴室を温めるには衣服を脱ぐ前にこうしておくのが一番よいとあなたが教えてくれた。  全ての迷いを洗い落とす様に、私はいつもより多めの泡で身と心を清める。十分ほど浸かった浴槽を出る頃には、足の指先まで火照り始めていた。  微かに曇る鏡にドライヤーの風をおくると頬を染めた自らの顔が映る。自分でも不思議なほどにとても穏やかな表情をしている事に、思わず笑みを浮かべる。  白シャツに袖を通し真っ黒いパンツスーツをはく。そして手にしたのは肩まで伸びる黒髪のウイッグ。あの日と同じ髪の長さにしたいから通販で買ったものだ。数回櫛を通すと自然に自らの毛髪と馴染み違和感はない。丁寧に済ませた化粧の仕上げは七年前と同じ真っ赤なリップ。マスクで顔を隠すため必要は無かったが、どうしてもあの日に近づきたくてずっと置いたままのリップに初めて手を伸ばした。  身支度を済ませた頃、携帯アプリからタクシーの到着を知らせるアラームが響いた。
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