セカンドコンタクト1

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セカンドコンタクト1

 俺、弥汲佑哉(ヤクミユウヤ)は浮かれていた。  今日は久しぶりに、憧れの人とインターネットを通じてオンライン通話をする日で。  その人とは。  オンラインゲームのギルド内で意気投合し、それ以来ゲームの中といえども数年以上の、親友と呼んでも差し支えないほどの間柄で。  俺は、その人のことが。大好きで。  好きすぎるくらい尊敬してて。  ゲーム内での第一印象は、的確な人。  なにをするにもそつがない、完璧な人。  ネトゲ内での会話も。その人から話題を振る事はあまりないのだが、場をしらけさせる事もなく、それなりの回答をして場を和ませてしっかりと締める。    そんな人と。  ひょんな事からお互いに共通の通話アプリを持っていることが発覚し、今では週一間隔で先に日付と時間を決めて通話をする間柄になっている。  俺は、その人のことが。  知れば知るほど、どんどん好きになっていって。  止まらなくて。  相手が男だってことも分かってる。  分かってるけど。  解った上で、もうこの気持ちに歯止めは効かなかった。  飲み物とつまみを準備して。  パソコンの電源を入れて、ゲーミングチェアを後ろにひいて腰かける。  少しだけ手前に座りながら、椅子を前進させて明るいモニターを眺めつつ、ネットブラウザを立ち上げて目的のページへ辿り着き、自分たちが所属している本日のギルド集会内容を確認する。  うん、特に集合予定はないみたいだ。  ……まあ。  別に集合があってもそれをみんなで一緒にクリアしに行けばいいだけなんだけどさ。  どうせなら二人きりになりたいじゃん?  つまみを少しかじりながら、左につけた腕時計で時間を確認する。    約束の時間まで。あと数分。  今日は寒いからと、モスグリーンのタートルネックにスモーキーベージュのジーパン。  別にカメラを通した通話をするわけではないのだが。  やっぱり好きな人との通話には、それなりの格好で臨んでしまう自分がいて。  ちょっとニヤついてる俺は自分でもわかるぐらいにはキモいと思う。  もう一度腕時計に目をやると、ちょうど午後一時半になったところで。  本日の通話予定時刻は午後一時四十五分。俺は既に通話アプリにログインしている状態なので、あとは相手方がオンライン表記になるのを待つばかり。    つまみをかじりながらその時を待つ。  ──待つこと数分後。  相手方のプロフィールアイコンがひょっこりと顔を出す。  オンライン状態。  つまりあちらも準備完了。  ガタッ…と。はやる気持ちを抑えられずに、つい机を揺らしてしまう。  そんな自分に咳払いをして平常心を装いながら、すぐさま相手のプロフィールアイコンをクリックしてチャット画面を開きコンタクトをはかる。  *セカイさん。おはようございます。  「セカイ」とは。俺がずっと待ち望んでいた相手方のハンドルネーム。  だがセカイさんからの返事がなかなか来ない。  席を離れているのだろうか。それともパソコンの不調なのだろうか?  実は、彼のパソコンは何故かと思うほど本当によく不調を起こす。別にスペックが悪いとか初期不良とかそういうものではないのだから実に不思議だ。  だから今このような事があっても俺はそんなに動じない。  またかな?程度。  そろそろ返信くるかな?と思った矢先。  *おはよー。ごめんなちょお待って。  *おkです。  「おk」とはそのものズバリ「OK」の略。  セカイさん起きたてなのかな。珍しいなぁ昼から起きるなんて。昨日よほど仕事忙しかったのかな。  俺も彼もそうだが、立派な社会人。  だからアプリ通話をする時は。前もって打ち合わせをした上で大体休日が選ばれる。もしくは前日。  もちろん今日は休日。明後日は仕事だ。  ──ええぃ思い出させるでない。  待てと言われてから五分以上が経過。  これはもう少し時間がかかりそうだなと踏んだ俺は。  *コーヒー作ってきます。準備完了したら教えて下さい。  と入力し、ひとまず台所へ移動した。  数十分後。  大きめのステンレスタンブラーにアイスコーヒーをたっぷり入れてデスクトップの前に戻ってくる。  ……が。  セカイさんからの返答がない。  彼になにかあったのだろうか?    不安になった俺は駄目元で通話を促すようチャットを入力してみる。  *セカイさん。通話こちらからかけていいですか?  これに対しての返信が、これまた長かった。  *おk  俺はそのチャットが来るやいなや。  即座にヘッドセットを装着し、セカイさんへの通話開始ボタンを素早く押した。  ツー…。  ツー…。  ツー…。  ツー…。    十回以上のコールののち、彼はやっと通話に出てくれて。 「セカイさん!?どうしたんですか!?なんかあったんですか!?」  俺の心配加減が声量にも如実に現れていて。  セカイさんの事が心配になりすぎて、ヘッドセットのマイク越しについついまくし立ててしまった。 「…お前、声でかいねん。鼓膜破れるかと思たわ」  方言で分かる通り、セカイさんは関西方面出身。ちなみに俺は関東出身。こういう時に通話アプリってほんと便利だよな。 「あ、すいません。──で、どしたんですか?」 「あ、いや。通話に支障はないねんけどな、え〜〜と。その……、そのな、なんというか……」  なんとも歯切れの悪い会話。 「?」 「お前……聞いても笑うなよ?」  セカイさんの声がすでに含み笑いをしている。一体何があったのか。 「言ってみてくれないと分からないですよ」 「うぅ……」  なかなか言わない?言いづらい事なのか? 「ほら」  ちょっと急かしてみる。 「ほんなら言うけど。なんかな、今起きたら頭に猫耳ついてんねん。あ、ついでに尻尾も」 「は?」  あまりに現実離れした回答に、俺は一瞬頭がフリーズした。 「んじゃそれ取ってください」 「取れる訳ないやろコレめっちゃ頑丈についてんねんぞッ!!」 「そんな逆ギレされたって困りますよ」 「ああ、せやな……すまん。俺、なんでこんな事なってしもたんか、もうわからんくて……ッ」  あ、やばい。セカイさん泣きそうになってる。  泣かせたくない。 「えぇ〜〜と。その事は、家族の人は知ってるんですか?」 「いんや、朝はなんともなかってん。ヤクトとの通話まで昼寝しよ思て、さっき起きたらついててん。あ、今な。俺んち俺以外誰もいぃひんのよ。みんなで旅行行っとる」  ヤクト、というのは俺のハンドルネーム。 「そうなんですか」 「ヤクトぉ、どないしよ。明日会社やのに……、こんなんついてたら俺、会社行かれへんよぉ…ッ」  電話越しにヒックヒック、と泣いてしまったセカイさんの声を聞いて。  俺は不謹慎にも可愛いなどと思ってしまった。  セカイさんは元から可愛い人だ。  まだネット上でしか知らないけど。  うん。  それはもう俺が抱きしめたいと思うくらいに。  遭った事は、もちろんない。あるわけがない。  で。  そんな人になんでか知らんけど猫耳と尻尾がついてて?  しかも泣き顔とくれば?  想像しないだなんてもったいない。   「…………」  ……。  ────……うん。  想像上のセカイさんは、それはそれはそのままオカズになりそうなほど、クラクラするほど可愛くて。  思わず卒倒しそうになった。 「ヤクトぉ…ッ!……たす、けてぇ…っ!」 「〜〜〜〜ッ!!」  なに今の涙声。  セカイさん。今の、反則です。 「分かりました。俺今からそっちに行きますから、ね。それまでおとなしくしててくださいね?」 「…ぅん……」 「俺とりあえず大阪駅に向かいますから」  セカイさんを動揺を感じさせない為に。適当に会話をしつつ急いでアプリで新幹線の時刻表を確認してスマホ画面をパシャリとスクショする。  そう、俺は関東在住。  セカイさんは関西在住。  実際に会うとなれば交通時間も交通金額も半端でなくかかるのだ。  まあ金額に関しては無駄に働いてるからいいんだけどさ。  ──だが今はそんな事を言っている場合ではないッッ!! 「あ、えと。今から……そうだな。えと、約三~四時間くらいかかっちゃいますけど。……夜になりますけど!絶対、おとなしくしてるんですよ?俺、必ずそっちに行きますからね?」 「ぅん、判った……」  あああもう素直なセカイさんは可愛すぎるッッ!! 「じゃあ俺今からそっち向かいますから、パソコン落としますよ。いいですね?」 「──うん、うん……。あ、待って。ヤクト、その。スマホの番号とID教えて……」 「あ。ああ、そっか。じゃあチャットに。こっちのは……コレです。セカイさんのは……これですね。はい、番号と……QR登録おkです」  まさかこんな事で電話番号とチャットアプリまで交換し合える事になれるとは思わなかった。  こういう事はもっとちゃんとした順序を踏みたかったのに。 「では、通話の方は一度切りますね。そっちに着くまではスマホからチャット飛ばしますから。では」  セカイさんの了承を得たのを確認して通話を切り、そのままパソコンの電源を落とす。  ふぅ……。  ため息も束の間、早速俺が教えたチャットアプリにセカイさんから送信がされていた。    *俺んちの住所。さっき伝えるの忘れてたから。  ──ああ、そっか。住所教えてもらうの忘れてたっけ……。  *住所ありがとうございます。俺が着くまでの間、少し時間かかりますけど待ってて下さいね。必ず行きますから。  ──送信、と。  俺は急いで傍にかけてあったインクブルーのトレンチコートをむんずと掴み、玄関へと向かいながら袖を通して靴を履き、勢いよくドアを開けて外へ出る。  時刻表アプリによると。  地元駅から乗り替えに継ぐ乗り替えで約二十五分かけて東京方面へ。  そこから、のぞみ新幹線へ乗り換えて関西方面まで約二時間半──  この通りに行けば午後五時か六時には新大阪駅へ着くことが出来る寸法で。  思っちゃいたけど。目の当たりにすると、やはり遠い。  関西に着くまでのあいだ。  俺はなるたけセカイさんを不安にさせまいと、何度も何度もスマホからチャットを送信していた。  送信されたチャットはすぐに既読がつき、俺のところへ返ってくる。  俺の送信内容も、セカイさんからの受信内容も。そう大して長くない文章ばかりが綴られていく。  このチャットの意義はセカイさんを不安にさせないこと。それが出来ていれば充分なのだ。    他愛もない会話。  ほんとに短文ばかりで。  こちらが送るとすぐに既読がついて、セカイさんから即返信がくるのがなんだか微笑ましくて。    目的地に着くあいだ。    ──俺たちは計五十回以上もの送受信を繰り返していた。  数時間かけて関西地区に無事到着し。  セカイさんが教えてくれた住所によると、彼の家は関西の中心地区にあるらしい。  ここからタクシーという手もあるのだが。  あるのだが。  *中心地は特に渋滞に巻き込まれやすいから、新幹線からそのまま地下鉄を利用したほうが早いで。タクるんならその後やな。  ──というのを、先ほどセカイさんから教えてもらったので。  俺はタクシーを使わずに地下鉄のプラットホームへ向かう。      慣れない土地感が容赦なく俺を襲う。    要所要所にある地図と時刻表を睨めっこしながら、なんとか目的の地下鉄駅へ着くことが出来て。  駅から改札を出て階段をあがり外を見上げると、すでに陽は落ちていて空は真っ暗で。  天気が良いのか星がよく見える。    かなり時間掛かっちゃったなぁ。  申し訳なさでため息をつきながら、タクシー配送アプリを起動する。    タクシーは思った以上に早く来てくれて。    運転手に目的地を伝えて車はセカイさん邸へと向かって走り出した。  セカイさんの家は本当に中心街からほんの少しだけ外れた所にあって。  指定された住所近くに停めてくれたタクシーの運転手にお礼を言いながら車を降りる。    やっと着いた。  安堵したことで小さくため息をつきながらホッと胸を撫で下ろす。    さあ、家を探さなきゃ。  たぶんココだと思うけど……。  目星をつけた住所に存在する一戸建ての住居。  ここ、だよな?  スマホに入力されている住所録と、付近にある電信柱に貼り付けられている町名と番地を確認し。  ここだと確信をすると同時によくみると表札があって。    確か、表札の名前は────  関西に向かう長く長い旅中のなかで。    セカイさんと交わされたチャットの中に、その答えはちゃんと埋もれている。  *あ、そか。名前。俺の名前「芹川太栄」です。芹川って表札探してな。    セリカワ、タエイ?さんて読むのだろうか。  セカイさんの本名。  性格、声と似合っててなんだか可愛い響きの名前。  そんな事を本人に言ったら即座に殴られそうだなとか。  微笑ましい妄想が頭をよぎって、ついほくそ笑んでしまう。    頭をよぎって。  よぎって。  よぎって。  これから出逢うであろうセカイさんそのものがもう、今すぐ見られると思うと。  こんな時に不謹慎だけどもやっぱりドキドキしてしまって。  どんな見た目なんだろうかとか。  背は大きいんだろうかとか。  小さいんだろうかとか。  太っているんだろうかとか。  痩せているんだろうかとか。  どんな顔をしているんだろうか、とか。  そして俺は。……どう映るんだろうか?  やっぱり。気になる。  気にならないなんて嘘になる。  そんな気持ちを強引に振り払おうと、我に返るために。  チャットに書かれている本名の苗字と表札に彫られている苗字を見比べる。  よし、同じものだ。  同じものだ。    うん、これから遭うんだ──……じゃなくて!!  俺は自分の気持ちを落ち着かせるためにも、インターホンを押す前にスマホを取り出し。セカイさんのスマホに発信した。    ♪トゥルル…ガチャ  この前とはうって変わって、たった一回のコールでセカイさんは電話に出た。 『ヤヤヤヤヤクト!?メールも来えへんし…!!お前今どこにおるん!?はよ来てぇやぁッ!!』  あれからずっと泣いていたのか。俺を涙声で早く来てと懇願する彼が愛おしい。  そして。  関西に着いてから地下鉄を調べるために、セカイさんへチャット送信するのをほとんど怠っていた事を思い出す。  悲しませてすいません。 「今セカイさんの家の前にいますよ。驚かさないほうがいいかと思って事前にスマホ鳴らしたんですよ」  話しながらセカイさんの玄関ドアの前に立つ。 『そ、そか。すまんな、俺テンパッてて……』 「今の状況ならしゃぁなしですよ。んじゃチャイム鳴らしますよ」  玄関扉の真横にある呼び鈴を押すと、ピンポーンと少し甲高い電子音が目の前の家の中から響いているのが判る。    呼び鈴を鳴らしてから数十秒立って。      ──カチャリ。  玄関ドアの鍵が開いた音がしたから。  じゃあドアを開けようと、ドアノブに手をかけ──── 『ちょ、ちょお待ってっ!俺二階におるから!ちょお待ってってッ!!』  俺が持ってるスマホのスピーカーと重なって、ドアの向こうからも同じ声が聞こえてくる。  ……ああ、そっか。  確かにこのままドアを開けたら外に丸見えになるなぁ。 「──ふふっ。はいはい」  そんな風に慌てるセカイさんが仕方なく可愛くて。  俺はクスッと。  ついついほくそ笑んでしまった。
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