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「……小林くんって委員長っぽい」
ついぽろりと零れた言葉に、英語のワークを開いていた永久くんが顔を上げた。
「あ、!別にそういう訳じゃなくて、えっと…」
「ははっ、分かってるよ」
学級長が永久くんであることを思い出して、わたわたと手を動かした。これではまるで、永久くんよりも小林くんの方が委員長に向いていると言っているようなものだ。彼に不快な思いでもさせただろうかと伺うが、いつもと同じようにからりと笑った。
「まー、俺は小林に押し付けられたからね。ね?」
永久くんは少し離れた場所に座っている小林くんの方を向いて再度 「ね?」 を強調させた。自分のことを話していると気づいた小林くんはこちらを見て、含み笑いを見せた。
「いいじゃん。クラス長なにもすることないでしょ?」
「ないけどね!」
小林くんは愉快そうに笑う。最初こそ、クールな人なのかと思っていたが小林くんはツボが浅いのかよく笑っている。別のところでテスト勉強をしていたクラスメイトが「何がそんな嫌だったの?中等部の3年間ずっとしてたのに」 と小林くんに尋ねた。すると、これまでうんうん唸りながらプリントと睨めっこをしていた川原くんが顔を上げた。
「こばやん、上田ともめたから嫌なんだって」
「川原?それ言わない約束じゃなかったっけ?」
小林くんに突っ込まれた川原くんは「あ、やべ」と焦ったような顔を見せ、「口滑らした!こばやんごめん!!」と土下座する勢いで謝っている。焦る川原くんを見て、楽しそうに笑った小林くんは「別にいいけど」とけろりとしていた。
「上田ねぇ…」
「上田って誰の事?」
「中等部の時の担任。結構面倒くさい人だったんだよね」
永久くんは中等部の時の何かを思い出したのか嫌そうに顔を歪めている。俺と同じで高等部からの編入生である子たちは「へぇ」と首をひねっていた。中等部の教師であるのなら、もう会わないのでは?と同じことを考えたのだろう。
「学校祭とかの時、中等部と高等部で集まることあるだろ。それが嫌だったんだよ」
「珍しいよね、こばやんが教師と揉めるなんて」
「あー、そうだね…」
「そういうの時間の無駄、って考えるじゃん。あと教師と関係性がこじれたら面倒くさいって大抵我慢してたでしょ。そんなに嫌だったの?」
「……川原、これ以上詮索するなら量増やすよ」
「うぎゃっ…!!」
完全に置いていたシャープペンシルを握った彼は悲鳴を上げながらプリントをまくった。小林くんの横顔はいつものように笑っているが、その瞳にはまた別の意味があるように感じてしまう。
「あれね、川原のためなんだよ」
「え…」
向かいに座っていた永久くんが椅子をこちらにずらしてきて、隣に並ぶ。口元を手で覆って、他の人には聞こえないように耳元で教えてくれた。
「上田が川原のこと馬鹿にしたんだって。あいつと一緒にいたらお前も馬鹿になるから離れた方がいいぞ、みたいな感じで」
上田という教師はお気に入りとそうでない人の扱いの差がかなり酷かったらしい。そして、その教師のお気に入りが優秀な小林くんで、それとは反対に人よりも勉強のできない川原くんは疎ましがられていた。小林くんにしつこく名門の大学に進学するよう口にしていたその教師は、試験の期間に小林くんが川原くんに勉強を教えているのだと知った途端、やめた方がいいと口にした。
『あんな低能に付き合ってると小林まで落ちるぞ。友達は選んだ方がいい』
そう言われた小林くんはその人に向かって怒鳴ったらしい。その時にたまたま教務室に来ていた永久くんが止めなければ、その人を殴っていたんじゃないかというくらいだった、と。
「いい奴だよね、小林」
「うん」
「それ知ってるの俺だけだからさ。押し付けられたんだよ。断れないの分かってて」
むっと唇を尖らせていたが、永久くんはどこか嬉しそうだった。
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