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家族
二三男は、約束の時間より少し早くに【斜木探偵事務所】を訪れていた。
岩雄は、2杯分のコーヒーをテーブルに対面で並べ2週間前と同じ様に足を組んで座る。
視線が合うと先に口を開いたのは二三男さんの方だった。
「妻、、、理沙は浮気していたでしょ。貴方に探偵を依頼してからの2週間。妻は変わらず帰宅が遅くすれ違うと朝とは違う香りがしていました。逆にこの2週間、心の準備をする事が出来ました。早く妻の浮気の証拠を見せてください。」
二三男は、きっと事前に用意していたであろうセリフを口にした。
カチャ。
岩雄は、目をつむるとコーヒーを一口含み舌の上で転がす。
『クゥーん。』
(そういうのは要らんからさっさと言ってやれ。)
岩雄は口を開く。
「妻は変わらず・・・ですか。 二三男さん、その心の準備とやらは必要ありませんでしたね。」
「えっ。」
俯きかけていた二三男は顔を上げる。
岩雄はこの2週間、理沙さんの退社から帰宅までの行動に張り付き監視を行ってきた。
「調査の結果、理沙さんは浮気をしていませんでした。」
「・・・え。」二三男の眼が大きく開く。
「こちらをご覧ください、、あれっ?、え、、写真は、、どこ、、さっきまで、、あれ。」
澄ました表情から一変、いつもの見慣れた様子にワトソンはため息をついた。
『クゥーん。』
(まったく、締りが悪いぜ。やれやれ。)
ワトソンはテクテク歩き出すと、デスクに置きっぱなしなっていた【証拠写真】を咥えるとテーブルに放り投げた。
その勢いで、うまい具合に写真が散らばる。
「こ、コレは、、!」二三男の眼は更に大きく開く。
岩雄は、この一連の流れが演出だったと言わんばかりに腕を組んで澄まし顔をしている。
散らばった写真には、ジムに足繁く通う理沙さんの姿が写っていた。写真の端の日付を見るとそれは、毎日欠かすこと無く通っているのが分かった。
中には、施設内の写真も数枚。
ランニングマシンなどで真剣に汗を流す姿が写し出されていた。
「仕事帰り、朝と違う香りがしていたのはジムで汗をかいた後、シャワーを浴びていたからです。」
「な、なんでジムなんかに・・・。」
『クゥーん』
(なんで。分からんかね。)
「分かりませんか? 口喧嘩した際、アナタが理沙さんへ放った言葉。理沙さんには凄いショックだったんでしょう。『見返してやる』そんな気持ちだったのかもしれません。」
「な、ならせめて、一言言ってくれても。」
「二三男さん、努力は隠れてするモノです。見せびらかすモノじゃない。ましてやは、今回のケースなんて特に。・・・それに、恥ずかしいじゃないですか、アナタの言葉に傷ついてアナタを見返してやるために努力する。理沙さんが見て欲しいのはきっとそこじゃ無いんですよ。」
少しの沈黙。
「私は、酷い夫ですね。努力している妻を疑って挙げ句、探偵まで依頼するなんて。」
「何を言ってるんですか、二三男さん。アナタだって理沙さんの変化にすぐ気付いた。日頃良く見ている証拠じゃないですか。僕じゃ、きっとそうはいきませんよ。」
「それは・・・」
「彼女はアナタのために努力しています。今度はアナタが理沙さんに見えない努力でもしてあげたら良いんです。まぁ、手始めに帰りにピンクの薔薇の花束でも買って行ったらどうでしょう。」
『クゥーん。ガウッ。』
(早速見える系かい。でも分かり易くで宜しい。)
「は、はぁ。はい、そうします。・・・・しかし、今更、何と言って渡せばいいか。」
二三男は、苦笑いにも似たなんとも悩ましい表情で言った。
『ワンッ』
(ほれ、主人。何か気が効く一言を言ってやれ。)
岩雄は顎に人差し指を掛け、少し「うーん」と唸り言った。
まずは、「綺麗になったね。」 で良いんじゃないですか?
たしかに、理沙さんはこの2週間だけでも美しさに磨きがかかったように見えた。
「そうですね。自分の気持ちをちゃんと伝えます。」
二三男はそう言うと依頼料の入った封筒を手渡す。お互いに一礼し出口に向い歩き出した。
「さぁ、お客様のお帰りだ。」
その一言を合図に、ワトソンもテクテクと岩雄の横に来るとチョコンと座る。
お見送りだ。
「それでは、二三男様。また何かあれば、斜岩探偵事務所をお頼りください。」
「あと、今晩はあまりハリキリ過ぎ無いように。」
まさに、ゲヒッと下卑た笑みで見送る岩雄。
ガブッ。
(そういう事を言うなっ!)
ワトソンがすかさず岩雄の足首に噛み付いた。
「痛ーいっ!」
そんな、ワチャワチャした光景に二三男が「仲がよろしいですね。」とクスッ笑う。
岩雄は、噛み付いて離さないワトソンを一瞥して笑顔で言った。
「家族ですから。」
おわり。
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