プロローグ

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 コハクは一度も家に来たことがないじゃないか。デート代もホテル代も、俺が払うと言って拒否し続けたのはコハクだし、証拠もない。名前だって『アキハル』と偽名を使い、俺の職業すら教えていない。  そうさ。俺は、まだ大丈夫。  章太郎は口元を緩めた。  「ああ、そうでした。二度とご連絡しませんので、ご安心を」  気を緩めた章太郎を見ていたかのように、タイミングよくコハクは告げた。章太郎にとって好都合だ。  「そっ、そっか。じゃあ、三日に会おうな」  「あの、一つだけお願いしてもよろしいでしょうか」  「……なに?」  天国から地獄に落とされた気分だ。章太郎は冷や汗をかいて固唾を飲んだ。今まで遊び相手の『お願いごと』を聞いて、いい思い出はなかったからだ。  「指定したものを身につけてほしいのです」  「いいけど、何だろう」  思い当たるものはなかった。コハクがおねだりをしてきたことはなかったし、欲しい商品を匂わせてきたことは一度もない。  「プレゼント用のリボンを目印として左手首に巻き付けて、待ち合わせ場所にいらしてほしいのです」  「えっ、リボンだって?」  「ええ」    章太郎は思い出していた。  そういえば、 『包装紙は破れて気兼ねなく捨てられても、リボンは気持ちを練り込まれているみたいで、別れた後じゃないと捨てられない』 と、間を取り持つために話したことがあったっけ。  「よく、覚えていたね」  「とても辛そうに話されていましたから。ですから、辛い気持ちもまとめて、こちらで引き取ります」  何事も限度ってものがある。ここまで尽くされると、男は窮屈になって逃げ出したくなるものだ。もしくは、がんじがらめになって流れに身を任せるか。  まあ、別れた後のコハクに興味はない。  章太郎はホッと胸を撫でおろした。  「心配してくれてありがとうな。じゃあ三日」  「ええ、それでは」  電話を終えて、章太郎はコハクからのプレゼントを思い出していた。  プレゼントは全部で五つ。リボンは透明ファイルに保存されていて、赤、ピンク、薄紫、白、水色。  全部のリボンはさすがに巻きつけられないな。  章太郎はコハクに電話をかけ直したが、応答はなかった。
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