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教室に向かって思いっきり走った。でも、その姿はそこにはなくて不意に窓の外に目をやると校舎の前を歩く彼が見えた。私は走った。
「高山くん!」
私はその背中に叫んだ。驚いた周りの人が、こちらを見るのが分かって恥ずかしくなったけど、気にしないようにして彼の元へ走った。
高山くんは何事かという顔でこちらを振り返った。
「ごめん、大声で呼びかけちゃって。ちょっと話したいことがあって。いい?」
胸が大きく高鳴った。それでも、私の目はしっかりと彼をとらえていた。
「どうしたの、佐伯さん。別にいいけど」
「ちょっとでいいから、こっちに来て」
そう言って、私は彼を校舎裏に連れて行った。緊張で死ぬんじゃないかと思うほど鼓動が高鳴っていた。校舎裏は静かなものだった。誰もいないことを確認して、私は勢いのままに切り出した。
「あのね、文化祭でしか話したことなかったけど、私、一年の頃からずっと高山くんのことが好きだったの」
言い終えたとき、もうやり切ったと思った。答えなど分かっている。だから、私の心残りだけを吐き出したのだ。
高山くんは驚いて一瞬黙り込んでいた。目はずっとこちらを向いている。そして、
「ありがとう。でも、ごめん。俺、大阪に行くんだ。佐伯さんは名古屋だったよね」
申し訳なさそうに、でも凛とした顔で彼はそう言った。
「知っててくれたの?」
「裕二が話してたんだよ」
「好きな子はいないんだけど、今から佐伯さんと付き合うっていうのは考えられなくて。だから、ごめん」
答えなど分かっていた。分かっていたのに涙が出た。卒業式のせいで涙腺が脆くなっていたのかもしれない。それに、こんなに誠実に振ってくれることに心から嬉しさがこみあげてきた。
「ありがとう。言いたかっただけなの。高山くんの進路も知らなかったし、言うつもりもほんとはなかったんだけど、きっかけがあったから」
「きっかけ?」
彼は不思議そうな顔をした。
「うん、ちょっとね。ちゃんと振ってくれてありがとう。お互い、これから頑張ろうね」
そう言った。最後の記念にと写真をお願いすると、彼は快く承諾してくれた。
「本当にありがとう。これで、もう心残りはなくなった」
「こっちこそありがとう。俺のことを好きになる人なんていないと思ってたから、嬉しかったよ。佐伯さんも、就職頑張ってね」
そう言って別れた。この人を好きになってよかった、本当にそう思った。
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