01 転生

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01 転生

『ん?ここは?』 私はぼんやりと意識を取り戻す。私は……どうしてたんだっけ?目を開けるが目の前は真っ暗だった。手足は……動かない。というか体が全然動かない。身動き取れず目の前は真っ暗…… どうしたら良いか考えてみる。私は今、どうなっている? 私の名前は中村悠衣子。清掃会社『――――――』の事務をしている38歳のOLで未婚彼氏なし!よし記憶は大丈夫!会社名は思い出せないけどあんなウルトラブラックなクソ会社の名は忘れて良いだろう。 そして直前の記憶を思い出そうと必死に頑張った結果……そうだ!思い出した! さっきまで私は会社の休憩室と言う名の備品倉庫で休憩中だったはずだ。そしていつものように大好きなアイドル育成ゲーム『ラブアイドル』を開いて遊んでいた。 そして先月の給料を全プッシュしてお気に入りの由良ちゃんガチャを回し続けた結果、今回のイベント限定の目玉カード、UR『由良ちゃんとメイド服デートでふふふ』が出た瞬間、飛び上がって……飛び上がって…… そうだ!横にあった棚にぶつかって、その棚の上にとりあえずと積まれていた置き場所がなかった納品前の大量の清掃用具の箱が降ってきて…… あれ?私死んだ? さっきまで思い出せた喜びで上がっていたテンションがシュっと引いていくのが分かる。 いや、まだだ!まだ死んだとするのは時期尚早……もしかしたら全身を強く打ち意識不明の重体!現在絶賛治療中!ということも考えられる……それにしては周りは静かだ。やっぱり死んだのか? いや待て!今は麻酔か何かで眠っていて無意識の中で思考を巡らせているだけなのかもしれない…… ガチャ。 「ここ……かな?」 ん?今何か聞こえたかな? 私はドアが開くような音と、何か声を聞いた気がした。 「うーん。どこ?……これ?」 あっちょっと可愛い声。これは期待できる!きっと可愛い幼女に違いない!私は、体は動かないが心はルンタッタしていた。 ガッ……ガッ、ガチャン! 先ほどより大きな金属音に若干ビビる私。 「これ……かな?」 そしてまた聞こえる可愛い声。さっきよりもより近く、より鮮明に聞こえるその声に……ときめいた!これは、良い由良ちゃん!きっと由良ちゃんのような天使な幼女に違いない!そうだとしたら……やっぱ私は死んだの……かな…… とたんに心の中に悲しみが広がってゆく。 その証拠に若干の浮遊感を感じた。いや実際浮遊しているよねこれ。そうか。私は今まさに召されるのか…… 「なんかこれ、ボロボロ。おれそう……」 さっきよりも近くに聞こえる神ボイス!これは……私はこの声の主に抱えられてる?どゆこと? そして私は……わっ!体が回転する!一気に逆さまにされた感覚に驚いた。そして次の瞬間には、バシャリという水の音と共に頭をシェイクされる感覚と、バシャバシャと激しい水音が聞こえ続ける。 これは……私は今水攻めをされているのだろうか!頭を水の中に突っ込まれて……やめてー!なぜか息苦しさは無いけどやめてー!そして今度は顔をつぶされそうな圧が……髪の毛が引っ張られ…… いたい!いたっ……いたたたたたたたたたたたた!私は悲鳴を上げるが声は出ていない。動けない体を蹂躙され……ペタン!という私が叩きつけられた音の後、ごりごりと頭を床にこすりつけられる感覚。 再び私は悲鳴を上げる。 いたいいたいいたい!あたたたたたた!やーめーてー! そして……突如流れるファンファーレ『ぴっこぴっこぽっぴぴ~!』なんじゃそりゃー! ――スキル『痛覚耐性』をゲットしました。 その不可思議な機械的な声の後、私の痛みは感じなくなった。あるのは頭をシェイクされるような不快感のみ。スキル?どういうこと?まさか……そんな夢みたいなことあるわけないよね。 一瞬よぎった異世界転生というワードを捨て去る私。 ……でもちょっとだけ……そんな軽い気持ちで心に思う。思ってしまう。ステータス、と…… ピコン。そんな音と共に真っ暗な視界の中に見覚えのある金の装飾が施されたウィンドウ……『ラブアイドル』の画面にそっくりのウィンドウ…… ―――――― 名前:なし 種族:朽ちたモップ 力 0 / 耐 5 / 速 0 / 魔 0 パッシブスキル 『痛覚耐性』 ―――――― ほう……私は、朽ちたモップ……名もなき朽ちたモップなのか……そして先ほど聞こえたスキルの『痛覚耐性』もはっきりと書いてあった。 あれ?なんとなく思い出した……かも。 会社で掃除用具につぶされ悲鳴を上げた後、うっすらと残る白い部屋で女性に話しかけられ、そして「不慮の事故だったから転生チャンス!さあ、大好きなガチャを回して!」と言われるがままに回したガチャ…… 結果は確か、吉だった……はず。 そしてその女性は「あーまあこんなもんよね。でもあなたには特別に手助けしちゃうわ。最初は動けないだろうけどすぐに強くなれるから」って言ってた。言ってたよね。間違いない。 だって私、今モップだもん! なんだよモップって!てっきり赤ちゃんからスタートだから動けないとかそんな意味だと思うじゃん?なんだよモップって!大事なことだから何度でも言うよ!なんだよモップって!モップはない!ありえない! そんなことをシェイクされている頭で考える。きっと私は今モップとしての職務を果たしている最中なのだろう。いいさ!使うがいい!いつ朽ちるとも知らぬ私を使い倒すがいい!私はきっと可愛い天使のような幼女に使い倒され壊れゆくのだろう! だがそれも……いいっ!!! そんな自暴自棄な悦に入っている私は、またもあのファンファーレを聞くのだ。 『ぴっこぴっこぽっぴぴ~!』 ――スキル『視界確保』をゲットしました。 な、なんだってー! そして私は目の前が明るくなって、ゴリゴリという音と共に茶色い板の間と私の頭についているであろうモップの毛と思われる色を感じるのであった。 痛みはない!匂いも感じない!けれどなんたる屈辱!なんたる不快感!だがおそらく天使のような幼女にゴリゴリ強要されていると考えると……それはそれでいいっ! ……どうやら私は、モップとしての生を受け、多少……いやかなり?頭がアホになっているのかもしれない。モップだし。 「ふぅ……もうつかれた……やめたい」 あらためてその可愛いボイスを確認する。やはり私の最推し、メイドキャラの由良ちゃんの中の人、由衣様の神ボイスに似ている!私のテンションが再上昇するのを感じる。 不遇な死を経験して神から再度の人生を貰ったはずが、転生先が朽ちたモップ!せめて真新しモップにしてくれ!このままではいつこの人生、いやモップ生も終わるか分からない事態…… せっかく由衣ちゃんと一緒にいられると思ったのに…… そんな風に嘆いていた私は、自分の体に再度浮遊感を感じ、私の頭が軽く持ち上げられ……あー!見覚えのあるあのじゃぶじゃぶして水をギュって絞る緑のそれに……うわっぷっ! その緑のモップ搾り機に頭からぶちこまれる。 すでに汚くなっているその水の中をバシャバシャ……視界が見えるようになったおかげで私のメンタルは最悪だった。鼻に水がー!息ができないー!と思ってしまう。もちろん鼻もないどころか呼吸もしていない今の私。 そして再度私は絞られた後、ビターンと床へと叩きつけられる。 ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ! 『ぴっこぴっこぽっぴぴ~!』 ――スキルを『念話』ゲットしました。 はい!分かってましたよ!レベルアップですね。いい加減慣れてきたこの気の抜けたファンファーレ。きっとこれを考えた神はセンス無し夫だな。いや女神だったはずだから無し子か。 ん?念話?念話ったらあれだよね?しゃべれるやつだよね!いや待て……突然私がしゃべりだしたらこの子はどうする?きっと私を放り投げて二度と手にはしてくれないだろう! 私は冷静にその事を判断した。今はこのゴリゴリと床をこすり付けられる事態を受け入れよう。そう思って気になるスキルについてステータスを開きながらさらに…… ―――――― 名前:なし 種族:朽ちたモップ 力 5 / 耐 10 / 速 0 / 魔 1 パッシブスキル 『痛覚耐性』『視界確保』『念話』 ―――――― 『痛覚耐性』いたくないのよ~、いたいのいたいのてんでいけ~♪ 『視界確保』いつでもどこでも、きみのこをとみまもってるよ! 『念話』わたしとおしゃべりしませんか? ―――――― 私は、スキルの部分に意識を集中して出てくる説明に唖然とした。これは……ふざけてるのかな?女神に遊ばれてる気がする。後、微妙にステータスも上がっている。これで少しは壊れなくていいのかな? そして私の視界は反転した。 「ふう。もうむり」 私の正常に戻った視界には……小さな女の子。 メ、メ、メイド服キターーーー! 視界にはっきりと可愛い金髪の幼女がメイド服に身を包んでいるその様を捉えることに成功した。こうはもう何という由良ちゃん!リアル由良ちゃんがそこにいた!これはあれか?ゲーム内転生ということでいいのか? 見た目は4~5才だろうか?可愛らしい慎重にオーソドックスな黒っぽいドレスに白いエプロンといったメイド服。もちろん頭にはあのフワフワしたよく分からないのがついている。 金髪セミロングに大きな瞳は黒い目をしていた。金髪黒目。これも『ラブアイドル』と同じだ。多分由良ちゃんと言う名前なのだろう。絶対そうだ!そうに違いない! やっぱあれか?これは女神からのご褒美転生ということでしたか。女神様数々の無礼な発言をお許しくださいませ。今後はこの子と一緒にアイドルの道を目指します!どうぞ見守っててください!あーー! テンションマックスで浮かれていた私は急に投げ出された感覚を覚える。おそらく元の位置であろう小汚いロッカーへと投げ戻されたのだ。 ビターンと打ちひしがれた音がして思わず『痛っ!』って声を出してしまった。あるよね?ゲームとかで痛くもないのに痛っ!って言っちゃうやつ…… 「わっ!」 当然ながら突然の声に驚くその由良ちゃん。いや由良ちゃんじゃないかもしれないけど驚くその由良ちゃん。このままだともう離れ離れになる運命が……私は意を決して話しかける決断をした。 『あのね。驚かないで聞いてほしいの』 「ひゃ!」 パタパタと音を立てて部屋から出る幼女。そして少しだけこちらに顔をのぞかせる。 『悪いモップじゃないよ?』 「うわ!しゃべった!」 『そうだよ。しゃべるモップさんだよ?』 「なんで?なんでしゃべるモップなの?」 よ、よし!掴みはOKだったようだ。そのまま逃げられなくてよかった。 『私はね、元々は人間だったの。だけどね、ちょっと問題が発生してモップになっちゃったみたいで……』 「にんげん!にんげんだったの?」 『そうだよ。大人のお姉さんだったんだよ?』 「おとなの!おねえさん!」 少しづつこちらに興味を持ってくれているようだ。少しばかり距離も近づいてきている。これならいける!ぜひ私を由良ちゃん(仮)の所有物にしてもらわなきゃ! 現在のステータス ―――――― 名前:なし 種族:朽ちたモップ 力 5 / 耐 10 / 速 0 / 魔 1 パッシブスキル 『痛覚耐性』『視界確保』『念話』 ―――――― 『痛覚耐性』いたくないのよ~、いたいのいたいのてんでいけ~♪ 『視界確保』いつでもどこでも、きみのこをとみまもってるよ! 『念話』わたしとおしゃべりしませんか? ―――――― アイドルに、アイドルにしてあげるから……私を飼ってーーーー!
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