サラダとワインと夫の

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 結婚して五年。夫婦のセックスレスは世間的にどのくらいの年月で訪れるものなのか。ご近所の山田さん、坂口さん、森井さん、その他の奥さんは未だに旦那様に抱かれているのかしら。  容赦の問題。ええ、わかるわ。いつまでも女として見られるための努力。それは怠らず毎日磨いているはず。山田さんの皮膚の垂れた首元、坂口さんの大きな腹や尻、森井さんの手入れのされてない髪、それぞれと見比べても私はまだ保っている方じゃないかしら。入浴前は必ず体型を確認し、男が欲情するのはどんな身体なのかまったく理解できないまま自分なりに磨いてるはず。  そもそもの始まりはきっと妊活が上手くいかなかったことにあるように思う。子供がほしいとしつこく言って少し強引にベッドへ誘うことも何度もあった。けれど何度夜を跨ごうと恵まれず、ついに夫は私を抱かなくなってしまった。彼の単純な性欲もあるでしょうに、妻の私を差し置いてどこで発散してるのやら。  最近やけにご近所さんと仲良くなったようで、二人で買い物に行ってどこかの奥さんと出くわすと私よりも長く楽しそうに喋っている。 「もう少し喋りたいから先買い物してていいよ」  こんなことまで言い出すものだから、奥さんの目の前でイライラする顔を見せても嫉妬心みたいでみっともないと思い、言う通りに先に食材を買いに行く。  会計を済ませた頃に満足そうな笑顔で帰ってくる。奥さんもその後ろで会釈して手を振ってくるものだから、私も愛想笑いで手を振り返すしかない。  浮気を疑っているわけではないけれど、しばらく私には見せていない笑顔を他に振り撒いている旦那が腹立たしいのだ。もちろん、いつまでも初々しくいたいなんて少女みたいなこと考えてはいないわよ。それでも妻にしか見せない顔があまりにも少ないじゃない。  夕食は一緒に食べるけど、テレビが主役みたいに会話はあまりない。芸人を見て笑っている旦那の横顔まで腹立たしく思えてしまう日がある。いや、そんな稀な話じゃない。ここ数日間は毎日そう。夫の手が気持ち悪くて仕方ない。体に触れるスキンシップもなくなりつつある。夫の苦手な癖や下品な行動を見ていろいろ考え始めるとキリがない。そんなことに時間を取られていることが何より嫌。だから私は頭をリセットするために熱い珈琲を飲んだり、長くお湯に浸かったり、大好きな香りのアロマに癒されたり、一人時間を有意義に使っている。  けれど、ただの倦怠期のように思えた時間はもう終わり。  洗濯籠に入った夫の下着を見つけると心拍数が上がってしまう。変な性癖に目覚めたわけでも性的に興奮しているわけでもない。  不格好に置かれた下着を掬い上げ、内側の股間部分を確認する。白く、乾いた汚れが付着している。また、一人で済ませていた。ここ数日間、毎日汚れている。こんなにも性欲を秘めておいて、私を一切抱かないなんて...こんなにも美しく可愛らしくあろうとしているのに。  乾いた女は恐ろしいのよ。  私は決行した。  これまで以上に夫に尽くし、性愛などなくても夫の疲れを癒すために時間を使い、毎日美味しいものを作り、お酒を忘れず、家の掃除も欠かさず、けれど私の色気は一切見せず、夜の誘いも一切しません。  たとえ、トイレから違う奥さんの名前を囁いている声が漏れていようと、知らないふりをして毎日毎日尽くします。この先の自分の罪滅ぼしのため、毎日私は嫁をします。  変わらず私を抱く気にはならないらしいけれど、定時に終わって寄り道せずに帰ってくる日が増えました。それはそうでしょう、居心地がいいいでしょう、私の欲を出さないあなた主体の生活をしているのですから。  夫の下着が汚れるたびに全く同じものを新しく買い、それとなく新品を置いておく。この人が安物の下着ばかり買う人でほんとによかった。  ああよかった、よかった、ほんとによかった。 「いち、に、さん、よん、ご、ろく、なな...」  こんな匂いをずっと私の箪笥に籠もらせて。 「じゅうに、じゅうさん、じゅうよん...」  でも私はこの時のこの匂いを一生忘れないでしょうね。 「じゅうはち、じゅうく、にじゅう」  一枚一枚広げて並べてみると、なんて笑える光景かしら。恥ずかしくて恥ずかしくて笑いが止まらないわ。  現在の時刻は十七時。  あの人はいつものように定時に終わって寄り道せずに帰ってくるでしょう。家に着くのは十八時頃。あと1時間ほどの間に仕上げなくては。  一枚一枚下着を硬く結び、長い縄を作る。リビングの入り口に仕掛けを作り、入った瞬間にその縄が夫の首を吊り上げる。  さぁ、最後の晩餐よ。 「ただいまぁ」  玄関から聞こえる、今日が最後だと知らない声。階段を上がる足音、ドアノブが動き、一歩足を踏み入れた瞬間、夫の足は見事浮いた。 「おかえりなさい。上手くいってよかったわぁ。これで失敗したらどうしようかと思ったわよ。私って意外と物作りの才能があるのかもしれないわね。そう思わない?だって今ちゃんと苦しいでしょ?あ、上手く声を出せないわよね、質問してごめんなさい。あなたが毎晩気持ちよさそうに汚した下着で出来てるのよその縄。おかげで毎日新品の下着を履けて良かったわねぇ。まぁ、あなたは気づいていなかったでしょうけど。あらあら、随分と苦しそう。終わってしまう前に脱ぎましょうね。私がパンツ下ろしてあげるからじっとしてるのよ。さ、苦しみながら射精しなさいよ。久しぶりにあなたの妻が手でしてあげるから。自分の下着で吊るされて屈辱的な格好してる気分はどう?苦しくても感じるのかしら?こんな状況でしっかり勃つなんて、ほんと呆れるわねあなた。私との営みでもこれくらい欲情してくれたらよかったのにね。あーあ...汚い...」  息絶えた下半身むき出しの夫が白いものを垂らしながら揺れている。その光景を眺めながら最後にいただくサラダとワインは格別だった。
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