01.殿下、それはのり弁です

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01.殿下、それはのり弁です

ーーー拝啓、 ーーーお父さん、お母さん、お元気ですか?私は今日も仕事でクタクタです。最近では料理をする気力も湧かなくて、コンビニ弁当に助けられています。正直、一人前の手料理を作るより弁当を買った方が安いという事実に気づいてから料理をするのが馬鹿馬鹿しくなりました。こんなことを言うと、お母さんには呆れられるかもしれませんね。さて、もっと呆れられることが実は今、現在進行形で起こっています。帰宅すると、私の家の前で見知らぬ男が倒れているのです。これは叩き起こして警察に突き出すべきなのでしょうか? 「………あの、」  伸ばしかけた手を止める。  ガッデム。夜ごはんのため、弁当を買いに家を出たのが30分ほど前。戻ってくると家の前で他人が眠っている。スラリとした長身に金髪、まぁ、かなり綺麗な顔立ちはしていると思うが問題は服装だ。白タイツに腕がポワンと膨らんだ王子様ルック。成人男性の白タイツがこんなに厳しいとは思わなかった。罰ゲームコスプレだろうか。何れにせよ、こんな場所で眠られると私は中に入れないし、他の住人が通り掛かって知り合いだと思われることも避けたい。  勇気を出して、その肩を叩いた。 「すみません…起きてください」  長い睫毛が少し震える。  本当にもう少しまともな服装をすれば、彼もそれなりに見えるのかもしれない。そんな失礼なことを思いながら観察していると、勢いよく瞼が開いて青い目が覗いた。 「………お前…誰だ!」  その台詞をそのまま返したい、十倍ぐらいのボリュームで。どちらかというと完全にその台詞は私のためにある。 「森永メイです。ここは私の家なので、そこで眠るのはやめてください」 「なんだと……!?」  男はフラフラと立ち上がって自分が座っていた場所を振り返る。ミントグリーンに塗られた扉を眺めた後、ショックを受けたように辺りを見回す。酔っ払って道に迷った結果、人様の家の前で眠りこけたオチだろうか。 「この建物を出て、右に真っ直ぐ行くと交番があります。もし迷子とかそういう類なら警察に話してください」  それでは、と鍵を解錠して颯爽と部屋に入ろうとしたところ、扉の隙間に男の手が滑り込んできた。咄嗟に引いた扉は容赦なく男の手を挟む。 「痛ぇ!!」 「離れてください!警察呼びますよ!」 「ケーサツとはなんだ!?」 「待って、怖い怖い、帰ってください!」 「この扉を開けろ!俺は皇太子だぞ!」  めっちゃヤバいやつじゃん。  皇太子というパワーワードに思わずドアノブを握る力を緩めたら、白タイツ男はチャンスとばかりに扉を開けて玄関へ入って来た。 「ぎゃー!本当に犯罪ですよ!出て行って!」 「俺は怪しいものじゃない」 「怪しさしかないんですが!」 「お前以外に下女は居ないのか?」 「下女?私はこの家の持ち主です」  キョロキョロと部屋の中を見回していた男は急にお腹を抑えて座り込む。 「………腹が…減った」 「え?」 「何か食わせてくれ」  図々しさに絶句する。  不法侵入してきて食べ物を要求するやばい男。見たところ武器も持っていないようだし、ここは穏便に済ますために食べ物を提供して帰ってもらうべきだろうか。しかし、食べ終わった後に襲われでもしたらどうする。 「貴方は安全な人ですか…?」 「俺はシルヴェイユ王国の皇太子だ」  だめだ、喋れば喋るほどヤバさしかない。  でも、もしかすると頭が可哀想なだけかもしれなし、刃物を振り回したり暴れ回ったりされるよりはマシだ。 「分かりました。私の今日の晩ごはんの、のり弁を提供するのでどうかお帰りください」 「………のり弁?」 「どうぞ」  手に持ったビニール袋を男の方へ押し付ける。  もうそれを持って帰ってほしいところだが、袋の中を覗いて弁当を取り出す彼はどうやらここで食べ始める気らしい。 「……食べるなら椅子に座ってください」 「ああ、悪いな。飲み物も頼む」  一脚しかない私用の椅子に当然のように座りながら、飲み物まで頼んでくる。私は呆れ返りながら戸棚からグラスを二つ取り出して、冷たい麦茶を注いだ。  弁当を前に微動だにしない男の前にグラスを置く。 「フォークがないんだが」 「……今出しますね」  どうして不法侵入してきた男を私は客人のようにもてなしているのか。若干のイラつきも感じ始めたが、何よりも早く帰ってもらうことが優先事項だ。  フォークと念の為ナイフも渡してやると、男は恐る恐る白身魚のフライを一口食べて目を輝かせた。 「うまい!」 「それは良かったです」  私はグーグー鳴るお腹をさすりながら、嬉々とした表情で弁当を口に運ぶ男を見守った。さぞかし空腹だったのだろう、男はものの5分も経たないうちに全てを平らげてしまった。 「めちゃくちゃうまかった。どこの料理人が作った?」  誰もが知っている大手弁当チェーンの名前を述べると、男は「知らないな」と言いながら首を捻る。そのままグラスに手を伸ばして麦茶を飲むと、思いっきり噴き出した。 「何するんですか!汚い!」 「おま、これ、ブランデーじゃないぞ!?」 「ブランデーなんて言ってませんけど!?」  慌てて箱ティッシュを手渡しながら、タオルを探す。どうしてブランデーがこのタイミングで出てくると思ったんだ。のり弁を肴にして酒を飲むなんて聞いたことない。  苦い顔をして麦茶を溢す男の口元にもタオルを押し付ける。フガフガ抵抗していたが、これ以上部屋を汚されては困るのだ。 「よくも俺を騙したな!」  憤慨したとばかりに仁王立ちする男を見て目眩がした。  精一杯のもてなしをして、この返し。恩知らずというか世間知らずというか。おそらく両方を併せ持ったハイブリッドタイプなのだと思うけれど、関われば関わるほど疲れる。  部屋に入れたが運の尽き。
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