犬と呼ばれていいかも

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「犬と呼ばれたいなあ」 「ぶわっ」  親友の酒田のその一言に俺はコーヒーを吹き出した。  酒田は飛んできたコーヒーの液体を手のひらで防ぎ、しかめっ面して言った。 「おいおい。犬だってもうちょっと行儀よく水を飲むぞ」  俺もしかめっ面して言い返した。 「お前が突然おかしなこと言うからだろう!」  俺の言い返しに酒田は「何が?」って表情を浮かべた。  酒田のその顔を見て俺はちょっと心配になった。  コイツ、マジで言いやがったのか――犬と呼ばれたい、と。  まあ、どうせそこには不純な動機があるに違いない。  犬の視線になればスカートの中をのぞき放題とか、な。  あー、くだらない。  俺のネガティブな感情を読み取ったのか、酒田の顔つきがマジになり、言った。 「本気なんだ……」 「そうか……」 「……」 「……」  俺は話をここで終わらせたかった。終わってほしかった。 「聞いてくれよ」 「あ、ああ」  席を立つタイミングを逃してしまった。 「犬ってさ、嬉しそうな顔して近寄って来るよな」 「いや。犬なんて飼ったことないから知らんが」 「……」 「ごめん。そうだな」  このくだらない話をさっさと終わらすには、俺は何が何でも酒田に迎合するしかなかった。 「そんな犬の態度に、人間が幸せに生きるヒントがあると思うんだよ」  酒田のその言葉には腹の底から笑えた。 「ハハハ」  ケンカ百番勝負とか言われるほどの俺たち乱暴者が交わす会話とはとても思えなかったからだ。愉快愉快。  笑う俺の右の頬に強烈なパンチが飛んできた。 「あぐしっ!?」 「目ぇ、覚めたか?」  そりゃ俺のセリフだろ。 「いってぇ」 「今のはお前が悪い」  マジな相手を笑ったのは確かにそうだった。 「すまん。ごもっともで」  酒田は改まって言った。 「いいか? よく聞け」 「おう」 「今から俺は幸せ者になる。それが、犬みたいな顔してりゃ幸せになれるって証拠だ」  そう言って酒田は満面の笑みを浮かべ、ちょうど近くを通りかかった倉内彩子に向かって駆け出した。 「倉内さーん」  彼女の名を呼ぶ酒田の笑みは、彼女からの良い返事を心の底からわくわく期待してる様子でもあった。  俺はそんな酒田の顔を見て、「犬みたいだな」と思えた。  しかしまあ、クール美人の倉内彩子が乱暴者の酒田を相手にするとは思えない。酒田は彼女から無視される、無駄なことをする、玉砕するのだ。それは絶好のシャッターチャンスだな。  記念に一枚、泣きっ面を撮っておくか。  俺はポケットの中からスマホを取り出し、そのカメラを酒田に向けた。  が、が、が、スマホのカメラに浮かんだ映像は意外なものであった。
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