第二話 アンフィンセンのドグマ

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 告白の言葉を考えてきたはずだった。恰好をつけるはずだった。だが、そんなものは全て吹き飛んでしまった。何を話しているのか自分でも分からない。頭の中が真っ白になった。 「今までいくらでも伝える機会はあったのに告白できなかった。それで陽菜が病気になってずっと告白できないでいた。もやもやとした気持ちをずっと抱えたまま、焦って空回りしてた」  陽菜は黙って拓眞の言葉を聞いている。 「でも、こうして陽菜の病気は治って、またこうして楽しくやっていけるんだって思った時、俺はこのままでいいのかなって考えたんだ。俺達、ずっと幼馴染としてやって来たけど、その関係性を更新したいなって思えたんだ」  拓眞はそっと手を陽菜に差し出す。 「改めて、おめでとう。また立てて良かった」  陽菜はその手を見つめる。この手を取れば、陽菜はおひな様であることをやめることになる。 「それで、もし良かったらなんだけど、俺の隣で恋人として一緒に立って欲しいんだ。陽菜のことが好きだ。俺と付き合ってほしい」  沈黙が降りる。  この沈黙が果たして何秒だったのか、拓眞には分からなかった。ほんの一秒に過ぎなかったかもしれないし、何十秒も経ったのかもしれない。それでも、言いたいことは言えたという気がしていた。  陽菜の目から一筋の涙が零れた。 「陽菜……」  一粒の涙が、やがていくつもの涙に変わっていく。  どうして泣いているのか、拓眞には分からなかった。だから、戸惑った。  雨が降り始めた。どうやら本振りの雨になるようだ。退院の日にしては幸先が悪いが、こういうこともあるだろう。そんなことよりも陽菜が次に発する言葉が拓眞には待ち遠しかった。  陽菜は涙を自由に動くようになった腕で拭うと、こう言った。 「ごめんなさい」  その言葉はちょうど雨粒が窓を叩いたのと同時に発せられた。 「あ……」  陽菜が拓眞の手を握り返すことはなかった。 「どうして……」  その言葉がつい口から出た。  あれだけ頑張ってきたのに。陽菜を救ったのは自分なのに。昔から陽菜のことを知っている。誰よりも自分が特別なはずだったのに。
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