街の空

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街の空

『天空の箱庭。自然に囲まれ絶景を眺める霊園と、ドライブインを有した複合施設との融合』  目に留まった雑誌の記事は、あの峠の今の姿だった。載っている創設者の写真を見て、あの時バスで見た女性だと思った。あれから九年。  街に来れば彼女に会えると疑うこともなく、なんとか街の大学に入学した。分かっていたのは文通していた住所だけ。近所で聞けた事とと言えば、彼女の生活の悲惨さを窺わせる父親の悪い噂ばかりだった。あの頃の俺が救えるはずもなかったが、もっと察する事ができたなら握った手を放す事は無かったのにと悔しく思った。  彼女の行先は分からずじまいのまま、とにかく噂を追いかけて探しまくった。徐々に打つ手も減ってゆき、二年も経つと学費と生活の為にバイトが増え、会えるという信念も幻を追いかけているようで単位という現実だけに目が向いていた。おかげで卒業も就職も決まりはしたが、何の為にこの街で暮らしてゆくのか、もう意味も理由もなかった。そんなものだと誰かに言われれば、そうかと頷くだけの自分になっていた。  無力さを悔やむ気持ちさへも引きずり過ぎて何も感じなくなってしまった。同じ街にいながら、願っても会う事が叶わない。願いが一方的なら、辿り着く先などあるはずもないと悟った。   今夜もただ帰路につく。歩道橋から見える街が眩しさを増してゆき、彼女も同じ景色を見ているのだろうかと一瞬だけ足を止めた。自分にまだそんな気持ちの欠片が残っていたのかと驚き見上げた夜空に星はなかった。 〈見上げた空は同じでも 了〉
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