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 駒城署に異動してから、高梨は両親と同居していた。ひとり暮らしの気楽さはすでにわかっていたが、実家暮らしできるうちに貯金をしておきたいのもあって、なにかにつけ「感じの良いお嬢さん」を紹介してくる母と叔母の善意を煩く思いながら過ごしていた。  加賀美家は自宅から徒歩で五分すこしの距離だった。もと神童が落ちぶれて引き籠もっているらしいという噂は興味をそそるが、そんな思いを持つこと自体に罪悪感もあり、高梨はあまり気が進まないまま妙に立派な門の前に立っていた。  使用人が出て来ると思っていたら、史弥が現れて中に通してくれた。病気だというからだらしない姿を予想していたが、こざっぱりとした服装で髭も剃っている。中学生の頃のままというのは言い過ぎだが、浮世離れした若さを保っていた。  史弥は高梨を自室に案内した。昼間だというのに屋敷は静まり返っていた。家族はみな外出していると史弥は説明した。  近所といっても特に親しくしていたわけではないから、史弥の部屋に入るのは初めてだった。和室だが使い古された学習机とベッドが並び、畳の上には難解なタイトルの書籍が雑然と積まれている。机の上には薬局の名前が刷り込まれま紙袋がふたつ置かれている。印字された見慣れない片仮名の羅列は、たぶん精神疾患の薬剤名なのだろう。どうも五種類ほど処方されているらしい。竹下の言葉は本当だったのかと、高梨は胃が重くなるような感覚をおぼえた。 「君、警察官になったんだね」  史弥は感慨深そうに言った。 「うちは親父も祖父も警官だからさ。あまり深く考えていたわけじゃない。体力に自信があるくらいで」 「いいことじゃないか。ひとの役に立つ仕事をして納税もしている。僕は病気のせいで大学を辞めて……まあニートってところかな」  史弥はにやりとした。 「もしも中学の同級生に加賀美はどうしてると訊かれたら、そう答えて構わないよ。ああ、病気というとぼんやりしてるかな。頭が変になったという方が良いかな」 「そんなに自分を卑下しないほうがいい」 「心配には及ばないよ。ばあちゃんはあれこれ愚痴るけど、食うには困らないからねえ」  史弥はベッドに座って意味ありげな視線を向けた。 「……それで、相談なんだけど」 「ああ」  早く話を聴いて帰りたかったが長くなりそうな予感がして、どう切り上げたものかと悩ましい。 「もしも家庭のこととか、就職活動とかで悩んでいるなら、俺なんかより親身になってくれるところを紹介するよ。俺はただのお巡りさんだから」 「そうじゃない」  史弥は語気を強めて高梨の腕を掴んだ。細い体に似合わず力強かったので、高梨は反射的に身構えた。 「そんな怖い顔しないでよ」 「……」 「君が好きなんだ」  唐突な言葉に高梨は面喰ったが、腕を振り払う気にはなれずそのまま史弥の隣に腰を降ろしていた。 「……いつから?」 「そんなこと、知りたい?」 「まあね」 「中二の、同じクラスになったときから」 「……本当かよ」  史弥は答えず、高梨の頬に触れた。中学二年生といえば、隣のクラスの女子に告白されて、悪い気はしなかったから付き合ってみたものの、ままごとのように手を繋いだだけで終わったのを記憶している。まだ、自分の性癖を自覚していなかった頃だ。何故、自分が男しか愛せないのを史弥は知っているのだろう。 「嫌なら嫌って言ってね」  史弥は顔を近づけた。唇の間から唾液で濡れた白い歯が光っている。それまで何の感情も無かったはずなのに、高梨は史弥の体に触れたい衝動に駆られた。  押し倒されるようにして、高梨はベッドに倒れた。シャツの裾から手を入れて肌に触れると、史弥が溜息を漏らした。
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