いつか、また

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 そいつから視線を外せば、もう桐原は下に降りていた。  まだそこに留まったままだった紙を拾い、こちらに向かって手を振る。とりあえず俺もギャラリーの柵に身体を預け、手を振り返した。  なんだったんだ? さっきのやつは。  知らないやつにあんなマジマジと見つめられた違和感。そして、なぜか目がそらせなかった。大きく見開かれた瞳を、思わず見つめ返してしまった。 「なんだったんだろうな」  くるりと身を反転させて、今度はギャラリーの柵に背中を預ける。  少し開いている窓から肌を突き刺すような冷たい風を感じる。さっきの妙な感覚を洗い流すかのようにそのまま目を閉じて、風と聞こえてくる鳥の声に耳を傾ける。横断幕は張り終えたんだから、さっさと下に降りなくちゃいけないのに、俺はなぜかここから動けなかった。 「……幸弥?」  高校になってからあまり呼ばれない下の名前の響きに、そちらに目を向ける。桐原が去っていった方向から、やってくる人物がいた。  さっきのやつだ。背の高い、相手校の選手。 「やっぱり。幸弥、だろう?」  少し不安げに首をかしげながら、こちらへと歩み寄ってくる。 「……誰?」  まったく見覚えがなかった。  相手校だからたとえば中学時代、対戦相手だったとしても、そいつが下の名前でいきなり呼んでくることはないだろう。下の名前で呼ぶ奴なんて中学までの友達以外いるはずがないんだ。 「俺、康介」  ぎこちなく微笑みながら、そいつは名乗った。  もうずっと口にしなかった名前。心の奥で蓋をした名前を。  きっと会える。もう会えない。そんな思いに揺れた名前を。 「うそ……だろ?」  オレが知っている康介は、チビで泣き虫で。  こんな見上げるようなでかい奴じゃない。 「嘘じゃないよ。久しぶりだね」  徐々に近づいてきた距離が、手の届くくらいになって、にっこりと笑った。
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