【8】この手で守れるもの

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最近、北条の様子がおかしい。 考え事をしているのか、ぼーっと一点を見つめている時がある。そんなの俺にとっては日常なのだが、あのバカが付くほど真面目な北条には珍しい事だ。 業務は問題なくこなしているようだし、寝不足気味にも見えない。だとすると仕事や家事以外で何か悩み事があるのだろうか。 「おーい北条、まだ帰らないのか?」 「………」 「ほーじょーくーん」 「は、はい!」 目を開けながら寝てたのかよってくらい、驚いた返事が返ってきた。 「ぼーっとしてどうした。仕事は終わったんだろ?」 「えっと、終わっています」 「なら帰っていいよ。それとも何か気になる事でもあるのか?」 「……いえ、その」 何かを言いたそうにしているが、訊いていいものか。いや、今はその時ではなさそうだ。周りに人がたくさんいるし、おそらく定時も過ぎた今この場でする話じゃないだろう。 「北条は夕飯なに食うの?」 突然だが、俺は話を食に切り替えた。 「夕飯、ですか?」 「さっき中村と何か話してたじゃん」 同じフロアにいる新卒の中村と北条が立ち話をしていたのを思い出したので、なんとなく。 「あぁ、あれは。中村が冷凍おにぎりのアレンジレシピを教えてくれたんです」 「へぇ」 「僕が色々なレトルト食品を食べていると話したら、アレンジすると幅が広がって飽きないと」 「確かにな。ちなみにどんなアレンジなんだ?」 普通に気になったので聞いてみる。 「焼きおにぎりにとろけるチーズと牛乳をプラスし、黒コショウをかけるとリゾット風になるそうです」 「なにそれ美味そう」 「今夜さっそく作ってみようと思います」 「はは。北条も料理がうまくなってきたもんな」 「そうでしょうか。それなら良いのですが」 照れたように笑うその顔は、いつも通りの北条だ。今はまだ、そんなに心配する程の事でもなさそうだ。 なんて思っていたのだが―――。 北条の様子がおかしいまま一週間が過ぎた。その間に季節は移ろい、真夏の暑さがすぐそこまで近づいてきた今日この頃。北条の目元にクマのようなモノが現れはじめ、眠たそうに目を擦る仕草が見受けられるようになってきた。 ここまで来てしまうと、さすがにもう放置は出来ない。が、本人に聞いてみたところで「僕はいつも通りです」の一点張り。このままでは何も分からないし、何もしてやれない。まさに八方塞がりってやつだ。 ならばと強硬手段に出る事にした俺は、店舗視察中に北条から離れある人が来るのを待つことにした。北条には調理家電コーナーにある他社の新商品チェックをお願いし、俺はトイレに行って来るとだけ告げその場から離れた。それからもう十分以上経つので、そろそろ腹の具合を心配されている頃かもしれない。 とその時、エスカレーターから全身黒のスーツに身を包んだ暑そうな人が上がってきた。
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