【8】この手で守れるもの

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「あのー」 俺はフロアに降りた瞬間を狙って後ろから話しかけた。 「え? あ、あぁ。風見様」 「どうもです」 「今日も見つかってしまいましたか」 「いや、もう隠れる気ないですよね。長谷川さん」 と言うと、そんなつもりはないのですが。なんて白々しい事を言いつつ、辺りを見渡して北条を捜すような仕草をした。 「北条はここにはいません。この上の調理家電コーナーにいます。今日は長谷川さんに聞きたい事があったので、待っていたんです」 「聞きたい事、ですか」 「少しだけ、話いいですか?」 「分かりました」 どうやら状況を理解してくれたようで、何も聞かずにエスカレーターから少し離れたところに移動してくれた。 「聞きたい事とは、一華様の事でしょうか」 「はい。あいつ最近何してるんですか? 寝不足みたいだし、日中ぼーっとする事も多くて何か悩んでいるように見えるんです」 「そうでしたか」 「長谷川さん、何か心当たりないですか?」 北条を待たせていて時間もないので、俺は早急に答えを求めた。 「実は今、私が働いているいくつかの会社で人事異動があり、そちらの仕事が立て込んでいるのです。そのため一華様の様子を見に来れる時間が減っていまして」 いや忙しいならこんな所にいないで会社戻れよ。 「それでも昼間は他の者に業務を任せ、こうして多少の時間を作る事も出来るのですが、夜まではなかなか」 「そうなんですか」 「ですが先週、私も気になる事がありまして」 と、長谷川さんが言った。 「仕事を終えられた一華様はいつもスーパーかコンビニに寄って帰られる事が多いのですが、その日はコンビニに入って三十分間出て来られなかったのです」 「三十分?」 「ようやく出て来たかと思ったらマンションとは逆方向に進み、一時間ほど街中をぐるぐる歩いてから帰られたのです」 「な、なんですか。それは」 「さぁ。あれは私にも理解しかねる行動でした」 家族が待つ家に帰りたくない旦那の話でもあるまいし、何故まっすぐマンションに行かなかったのだろう。まさか部屋でひとりになるのがイヤ、とか? 「じゃぁ、長谷川さんも知らないんですね」 「申し訳ございません」 「あ、いや別に責めてる訳ではなく」 「風見様……私がお願い出来る立場ではないことは重々承知しているのですが」 長谷川さんが真剣な面持ちに変わった。 「どうか、一華様に何が起こっているのか突き止めていただけませんか? 生憎私はもう少し仕事の方に時間を取られてしまいそうなので、今すぐというのが……」 「分かりました。やってみます」 「本当ですか?」 「と言ってもあいつ、聞いたところで教えてくれないんですけどね。でもま、なんとかします」 「ありがとうございます。風見様」 それに、長谷川さんに頼まれなくても俺は行動に移していたと思うから、別に感謝されるような事でもない。 何度も深々と礼をする長谷川さんには帰ってもらって、俺は北条が待つフロアへと急いだ。 案の定、俺の戻りが遅いので腹の心配をしていたが、それ以外におかしな様子は見られなかった。どうやら長谷川さんと俺の密会はバレていないようだ。 その日、さっそく俺は北条を尾行する事にした。
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